水曜日, 12月 31, 2008

新しい仕事は2月1日からとなった。

昨日夕方、来年の2月1日からまた新しい仕事をすることが決まった。
(この経済状況だからあと一ヶ月の間に内定取り消しあるかもしれないけど)

またまた、難しいことに挑戦することになるから、単純には喜べないのだけど、
不思議になるほど熱心に誘ってもらったことや
自分の経験からも責任重くても自己裁量が大きい仕事がよいだろうから、
その仕事をやることにした。

何回も挑戦して、何回も失敗して、ちょっとだけは成功した瞬間もあって。

もう次のチャンスはないだろうと何回も思いながら、また次のチャンスがくる。

情熱を失いたくないし、真っ直ぐな気持ちも失いたくない。
ひねくれたくないし、今までよりもはうまくやりたい。

自分の中の新しいことに挑戦するたびにワクワクする気持ちを
死ぬまで持ち続けたい。

このブログを読んでくれている人達で、今も転職活動で苦労している人達がいる。
挫けず頑張り続けて欲しい。
仕事見つけるために色々な方法を試してほしい。
大変なときほど、冷静な努力を続けて欲しい。

火曜日, 12月 30, 2008

泳ぎ納めは50mを108本だった。

スポーツクラブの煩悩なんとかというイベントがあって参加した。

今年の泳ぎ納めに50mを108本泳ぐというもので、最近は泳がないで
酒飲んでいるので、泳ぎきれるか心配だったが、
多少の無茶をしたい気持ちもあって参加してみた。

こんなに水泳好きな大人が集まるのかとびっくりするくらい
人が集まってきて、108本泳ぎきったときはみんなから歓声があがった。

今年、水泳を通じて知り合った人達の顔をみて、スポーツクラブが
用意してくれたビールを一缶飲んで帰ってきた。

そしたら、鍵をキーホルダーごと5個くらいなくしていることに気がついた。

運動不足からいきなり泳いで放心状態だったからかもしれない。

家とスポーツクラブの間を娘も付き合ってくれて鍵を探したが
見つからなかった。

日曜日, 12月 28, 2008

娘達との日々 面倒見てもらったり 遊んだり

スーツのボタンが三つもとれそうになっていたら、
娘が(まだ小学生なのに)裁縫セットでしっかり付け直してくれた。

年賀状もずっとやってなかったら、娘が印刷してくれて、
おまけに出しにいってくるから、それまでに手書きで少し書き
いれるように言われて、いわれたとおりに少し書くとすぐ、
投函しにいってくれた。

今日はまたまた、青根癒しの湯に娘達と出かけてきた。

水泳とバイクとから遠ざかっている。

土曜日, 12月 27, 2008

またまた意外な展開からおごってもらう

前後関係は説明できないが、
62歳のユダヤ人の人とあって色々お話をしたら、
そのあと中華料理を食べに行こうということになっておごってもらった。

日本語だけでも完璧だが、12各国語を使えるとのことで
(本当は13国語だけど13だと縁起悪いから12ヶ国語ということにしているらしい)

プログラミングも自分でもされているとのこと。

やっていることをみせてもらったけど、
例えば、日本人が日本語にたいして無意識につかっていることを
分析されて、コンピューターで処理できるようにされている。

どこかの公立の研究機関がやりそうにも思えることを
この人がやっている。

それもそれが好きでしょうがなくて、それを一生の仕事にすると
決めてやってきている。

掛け値なしの天才を目前にしているのだと思った。
表情も豊かなのだかちょっと疲れた表情や
さみしそうな表情もみせることがあり、
何とも魅力的な人物だった。

その彼が実に16年間もかけてつくった英語圏の人向けの
漢字の辞典が日本語を勉強する外人向けで一番
使われているらしい。

その彼の辞典つくりに最初に寄付してくれたのが
松下幸之助さんだったということを他の人からきいた。

その能力も志も凄いのだが、それより僕には
なんとも魅力的な人物に見えた。

それで嬉しくなって僕はほとんど初対面のその人に
妙な話をたくさんしてしまった。

彼はその中華料理屋の中国人の店員にも
しきりに中国語で話かけていた。

何とも興味深い人であった。

金曜日, 12月 26, 2008

またおごってもらって旨いものを食べた

昨晩は、このブログも読んでくれている友人(というか先輩)におごってもらった。
(金だそうとはしたのだけど、うけとってもらえなかった。)

北の台所 おんじき 八王子店

につれていってもらい、サザエ、カンパチのカマ焼き、スイトン、
鯖の刺身(がこんなにおいしいとは今までしらず)と色々食べてきた。

全部がとてもおいしい、はずれ料理が一品もないという素晴らしい店だった。

そのあと、京王プラザのバーで軽く飲んで別れてから、

プールへ。 酒が残っているので、プールを歩いて、仰向けのバタ足とスカリングで
呼吸に負担がかかり過ぎないように適当に泳いで帰ってきた。

家につくと、明日から冬休みの娘達が起きていて、
僕が先に寝ようとすると、僕のシングルベッドの両脇にまた
1人づつ潜り込んできた。

暑苦しくて、狭くて、でも可愛いのでそのままにしておいたけど、
やっぱり暑苦しくて、狭苦しくて、夜中に何度も目が覚めた。

光は爽やかで眩しいけど、透明で冷たい風のふく朝を迎えた。

今日で今年の仕事納めの会社が多いらしい。

木曜日, 12月 25, 2008

人の優しさが身に沁みる

自分が冴えない状況になっているときのほうが、

人の優しさをよく感じられる。

ということが自分がこうなってからいくつかあった。

身に沁みる言葉や行動を示してくれるのは、
例外なく、その人も過去に辛い経験あるのに、
今も魂を汚すことなくまっすぐに生きている人なのであった。

僕も今はこんな状況だけど、そういう人になれるようにしたい。

それは誰かに優しくしたいのでなく、そういう男になって、
もっと自分を信じて、好きになれるようになりたいと言う
独善的なものなのかもしれないけど。

この世の中では働いて金を得て、家族の生活を守るのは基本的に大切な
ことなのだろうけど、

本当に欲しいものは金でも物でもなく自分の魂を満たすようなことなんだ。

この年の瀬に、病気や金で苦労している人、住むところもなくなって苦労している人、
それぞれの人が、少なくとも自分を責めることなく、今を乗り越えていく、
そのために頑張って生きている自分を好きになってほしい。

水曜日, 12月 24, 2008

連続でおごってもらう

昨晩、大学時代の奴らが集まって忘年会をやった。

ただ、酒飲んで飯食って、
そのあと、もう中年になった男ばかりでカラオケいっただけなのだが、
これがとても楽しかった。

ほとんどビールしか飲んでなかったけど、大量に飲んだので、
泥酔した。

なんでこんなに楽しかったのかというと、
自分の孤独感が高いかったからかもしれない。

酒たくさんのんでカラオケというのも久しぶりだった。

おれこんな状態だから、おごれといっていたら、本当に
おごってもらった。

そして、今日の昼飯もまた別の元同僚におごってもらった。
その人は日本人だけど米国生活のほうが長い人で、
この不景気でも大企業の責任重いポジションで活躍されているのであった。

今の自分とは大違いだけど、臆せず会ってみた。

彼が言うには 

「アメリカはどこまで落ちても必ず復活するけど、日本のほうが危なくみえる。」

とのことなので、どうしてそう思うかきいてみたら。

「有色人種であるオバマが大統領になるというのは画期的なことで、
彼を選んでも国を変えていこうという意志がアメリカにはある。

それに比べて、日本は、本当に変わらない。変われない。
このままじゃダメだとわかっているのに変われない。
目の前に氷山あるのにそのまま突っ込んでいくタイタニック号のように見える。」

なるほどと思ったが、そんなマクロの話より、自分の明日すらみえない俺だった。

月曜日, 12月 22, 2008

家族の有難さをずっとよく憶えておきたい週末

金曜から土曜にかけて13時間も眠った。それでもまだ頭が重かった。

金曜は、妻からクリスマスプレゼントとして携帯ストラップと仕事が
上手くいくことを願っているという、メッセージカードをもらった。

妻には長いこと嫌われていると思っていたので、かなり嬉しかった。

土曜は子供たちがニンテンドーDSのカセットを買いたいというので
イトーヨーカドーまでいって、子供の貯めた小遣いで自分達で買っていた。

小学生の娘達にまで、「パパは大変なんだ。」と話しているので
子供達ももう僕にねだらないのだ。(情けない親だなあ俺って)

そのあとはまた上の娘と長時間散歩して、ソフトバンクショップまで
修理された携帯を受け取りにいった。

パパもやってみたらというので、ニンテンドーDSのリズム天国を
やってみたらはまった。リズムに集中すると他のこと考えないで
済むので快感だ。

夜は子供たちとゲームとテレビと、友人からもらったおいしい林檎を食べた。
(これが実にうまかった)

そして、土曜の夜も10時間も眠った。シングルベッドの真ん中に僕が寝て
両側から娘が抱きついてくると、もう仕事こんな状態でも、
強制的に感覚的に幸福感が湧き上がってきて、
危機感のタガが外れたように眠れた。

日曜は、散らかっていた自分の部屋を片付け、机の上もきれいにした。
夕方から、家族で、青根、癒しの湯に出かけた。食事もお湯も家族みんなの
お気に入りで、自宅から一時間くらいかかるのにもう何回もきている。

そして、また寝るときはベッドに娘達が押し寄せてきて、たわいのない冗談で
3人でケラケラ笑って、

「ねえパパ、私が貯めた自分の小遣いだすからそれでスキー行こう」

とか言われて。(情けない親だなあ俺って)

そのまま眠った。

疲れがとれたようで、月曜の朝は睡眠時間6時間できっちり目が覚めた。

水泳もバイクもないけど幸せな週末だった。

木曜日, 12月 18, 2008

国家権力と例の弁護士と公認会計士

自分のことで直接関って今日知ったこと。

会社の債務の返済は労働債権(未払い賃金)が優先されるのかと漠然と思っていた。

先月、取引先の大手企業から顧問弁護士付きで交渉された途端に

私が勤めていた会社の顧問弁護士と顧問公認会計士は
私に同意書を書かせてそちらへの支払いを優先してしまった。

僕は同意書にサインしない選択肢もあったわけだけど、
世話になった取引先を前にしてそれはできないと判断した。

(その判断を私にさせるのは酷するぎるとは思ったけど)

そして、今月会社に、日本の取引先から忘れかけていた入金があった。
これで漸く自分に過去の給料を払ってもらえるのかと思ったら、

今度はこの弁護士さんと公認会計士さんは外人が僕に払うように
指示してきたことを無視して即座に税金と社会保険に支払ってしまった。

税金と社会保険の支払いは法律上、労働債権(未払い賃金)に
優先するとのことだけど、だとすると、先月の大企業への
支払い優先はどうして行ったのかということになる。

実際にこんなちょっとした事件に巻き込まれて個人の立場でわかったことは。

1.労働債権より、税金と社会保険の支払いの優先順位が高いのは矛盾を含んでいるように思う。
現に私は、会社からの社会保険(雇用保険)の支払いを、私の給与の支払いより(法律にのっとって)
優先されてしまった。 (いやあここまで 自分がマヌケな状況になるとは)

2.私が関ってしまった弁護士、公認会計士は大企業にそこの顧問弁護士つきで交渉されると、
保身に汲々として、社会正義なんかどうでもよくなるということにみえたこと。

3.労働基準監督署は行政指導やアドバイスを与えるだけで、実際の権力がどこにあるのかわかりにくいこと。

4.法律は個人より国家を守ろうとしているようのだろうか? (税金と社会保険が労働債権より優先されるという根拠がわからないので)

まあ、もうくやしいとすら感じられず、頭切り替えて、次のことに
取り組むしかないとは思っている。

今回のことで、自分のマヌケさはわかったけど、それで自分を責めないように
しようと思っている。

しょうがないとしかいいようがないと思うしかない。

世の中理不尽なことはいくらでもあるのだから。

水曜日, 12月 17, 2008

慶応病院で半日かかる

また3ヶ月にごとにとってもらっている、心電図を診てもらった。

医者 「どうですか調子は?」

私 「それが勤めていた会社がいきなりつぶれまして、今日が雇用契約最終日なんですよ。」

医者 あららというズッコケポーズ

私 「精神的ストレスで脈おかしくなることあるみたいです。」

医者 「じゃあ薬もだせるだけだしときますかね」

なんて会話したけど、今日の僕の心電図も、血圧も、脈拍も 
文句のつけようがなくどこがストレスで調子悪いやねんといったところだった。

おまけに定期的にこうやってチェックしてもらっているので、
まるで、バイクをマメに定期点検にだしているみたいに、
自分の身体をチェックしている感じだ。

この調子でいくと僕が日本人の平均寿命より長生きする確率は
50%を超えているのではないかと思う。

平均寿命自体がそもそも0歳児の平均余命だそうだから45歳まで生きている人の
平均余命は(45歳までに死んでいる人もいるので) 

”平均寿命-45年”<”45歳の人の平均余命”

であるはずだ。

こういうことを考えるというのは、

日々をさして充実させて生きていられているわけでもないのに、
やっぱり僕も平均寿命までは生きたいのであった。

それにしてもお医者さんは私からみて優秀そうに見える人ほど
意外なほど気さくな人が多い。

月曜日, 12月 15, 2008

妙に気分が良くて清清しい日

別に躁鬱病で、急に躁状態になったわけではない。

僕を取り巻く状況に何ら良い変化が具体的に起きたわけでもない。

それでも、今日は朝からとても気分がよく清清しかった。

何日かまえにブログに

”精神的に突き抜けるかも”

と書いたとおり、あんまりにもウダウダ考え続けて何かを越えてしまい、
見も心も、もう勝手に明るくなってきたようなのだ。(少なくとも今日は)

まあこの気分のおかげで、今日はやっておいたほうが良さそうなことに
そんなに気分重くならずにさっさと片付けることができた。

土曜に泳いで、土曜、日曜とウィスキー飲んで、週末結構ユックリ休めたのも
良かったらしい。

でも事態は何も好転してない。と繰り返しまた考えると気分悪くなるだけなので、
ピンチでももっと軽くやってこう。

そのほうがピンチを切り抜けられる可能性が上がると信じている。

日曜日, 12月 14, 2008

酒の効用

酒飲んで自分の気持ちを誤魔化している場合じゃないだろう、って
言う気持ちもあるけど、特に最近酒飲むと気持ち良い。

最近は強い酒が好きになってきて、ウィスキーが気持ち良い。

それで、仕事が前に進むわけでもなければ、逃げに過ぎないと
思ったこともあるけど、僕は飲んだほうが良いみたいだ。

飲んだほうが、無駄なことまで考えすぎて消耗しないで済むし、
楽しい気分になれる。

今、これを書いている今ももうかなり酔っ払っている。

もし、酒を飲まずに今の現実にただ24時間向き合っていたら、
僕は金がなくなる前に、自分の精神の健康を保てなくて
仕事に向き合えなくなってしまうと思う。

ビールもワインもいいけど、今はうぃすきーが一番気分良くなれる。
焼酎はウィスキーのような良い気分にはなれない。

こんなに酔っ払っているときにブログを書きたくなる僕は不思議だ。

ウィスキー万歳。

映画、バイキング 水泳、昔の同僚 ウィスキー

金曜の夜に、妻が私の従兄弟と飲みに出かけていて、
子供の面倒見るために早く帰ってきた(実際は私が娘に面倒見てもらっているけど)。

ミスターインクレディブルを見ようと娘達が強力に何回も言うので、
一緒に自宅のテレビで見てみると、これがとても面白かった。

翌日は、下の娘が何度も見せてくれとうるさいので、

ウォーリーをみにMOVIX昭島までいってきた。

それがこの映画はあんまり面白くない内容が薄すぎた。
ウォーリーが700年1人で生きてきたことと、
ストーリーにさしたる関連がないではないか。

映画館の隣の中華のバイキングを食べたほうが、
記憶にのこった。

夜は1人でプールにいってきた。

ここのところあまり泳いでないから、泳力はかなり落ちている。

水中ウォーキング 10分
キック        10分
プル         10分
スイム 1500m  27分

泳ぐことが一番僕の、憂鬱や頭の重さを吹き飛ばしてくれる。

泳ぐことによって

規則的で深くて強い呼吸を続けること
強い脈で頭の中まで血液がドンドンめぐりつづけること
全身の筋肉を程よく疲労するまで動かせること

泳ぐことが一番気持ちよくなれる。
それなのに、あんまり冴えないことが続くとだるくて
プールに行くのが億劫になってしまう。
多少無理でもプールだけはいかなければ。

帰りにウィスキーを買って、家で娘に水割りにしてもらいそれを2杯のみながら
エンタの神様をみた。

酔いがかなりまわってきたら、嫌なことなんか忘れて楽しくなってきた。
それで娘達とふざけて、そのままの勢いで眠った。

そのあと酔いがさめたら、また夜中にこれからどうしようかと
心配で目が覚めてしまったけど、そこからまた眠った。

昔の同僚と久しぶりに電話で話した。
彼は、この経済問題で、今年の6月以降は企業が採用を控えるのを
予測していて、今年の1月にかなり良い条件で転職をしていた。
そのときそれを僕にもアドバイスしてくれていたのに、
僕はもたもたしていて、こうなってしまった。

彼は不思議な人で、目の前の仕事をこなすスピードは遅いので
多くの人は彼の能力に気がつかない。ところが彼の話をよくきくと
物事の本質を突いて表現する能力が凄く高いし話していて
面白い。

その彼がいうのだ。

「そうですか仕事見つけるのが難しかったら
こういうときこそ、真剣にFXやってみたらどうですか。」

「.............」

「良い方法を見つけたんですよ。システムトレードといて自動的に売買してくれて
僕は先週400万円損しちゃったんですけどね。」

ただでさえ、やばい僕が今それをやるわけにはいかない旨のことを話すと、

「いいですよ、僕がうまくいったら、FXやるお金くらいかしますよ。」

話していてドキドキしてしまった。

「一緒にリッチになりましょう。 一億円くらいつくれれば働く気なんてなくなりますよ」

と、彼は素直に自然にいってくれるのだが、それは彼は400万円いきなり損しても
生活になんの支障もないほど、今安定した収入があるから、できていることだと思う。

いくらいつも鬼のように平常心の彼とはいえ。

株もFXも実は僕は(自分がそれに関らない限り)かなり良い予測をしている。
ところが、 その自分の予測を信じて実際に行動することができない。
行動すると自分の予測が信用できなくなってしまう。

自信喪失とは何もかもダメにしてしまう。

今の僕がそういうものに、クビを突っ込むと、余計にまずいことに
なっていくようにしか思えない。

ところがこのまま何もしないわけにももちろんいかない。

次の一手すら自信をもって見出せない。

テレビで、派遣契約をいきなり切られて、
住むところにもこまりそうな状況の人達がでてくる。

なんて可哀想なことだろう。今の僕もやばいから見ていて
身につまされる。

そしてもっと不思議なのは、それだけ追い詰められて苦しんでいる人達と、
優雅な生活を送っている人達との間に人間としてそんなに大きな差が
あるようにもみえないことなのだ。

金曜日, 12月 12, 2008

突き抜るかも精神的に

昔数学の難問を確か2日間あまり考え続けて解いたことがあった。

英語苦手だし(学年でビリから2番になったことがある)
、自分にも得意な分野があるのは嬉しかった。

数学のテストが一番の成績とれたわけでもないけど、ともかくその
問題が解けたのは、学年で僕だけだったし、解いたあとも
あんな なかなか思いつきそうもない解決方法をよく思いついたものだと
自分で驚いていた。

それはそれでよかったのだが、何事も裏と表、良い面と悪い面がある。

今の僕は、オーストラリアの会社がビジネスいきなりとめて僕への給料を
ストップしながら、雇用契約がまだ残っていて、失業保険ももらえないという
非常に困った状況にある。

この状況をなんとか変えようと、手も尽くすし、寝ている間までなんとかしなくちゃ考えてしまい
何回も目が覚めて、眠れなくなって、今日なんか夜中の4時に、猫と追いかけっこだ。
(猫がガサゴソしていてうるさかった)

自分が狂いかけているようなきもするけど、昨日も今日もそれとは別の
儲けがまるで出てない仕事を自分の責任感でこなしている。

ノイローゼ体質かいな。

目の前に解決しなくちゃいけない大問題がある。

娘達は無邪気に楽しそうにしている。自分がもっとしっかりしなくちゃいけない。

何とかしなくちゃいけない。

でも、本当に考えすぎてやばくなると、急に疲れがどっとでて眠れしまう。
とことん、無駄な努力や、無駄な考えを繰り返してやっぱりダメだと
突き抜けたなら、僕にはまた違う心境が生まれるかもしれない。

悩みの果てには、何があるのかわからないけど、
自分の苦しみ続ける心すらもう僕にとっての生きている証なのだ。

エッ妙なこと書いてないで、娘達にオマンマ食べさせ続ける方法を
見つけろって、全くそのとおりでございます。

水曜日, 12月 10, 2008

のろのろ水泳

昨晩、重い身体を引きずってスポーツクラブに行き
ノロノロと泳いだ。

プールの中を歩いて、
キックと
プル

それだけじゃあ、頭の重い感じがとれないので
ラスト15分で800m泳いだ。

ある程度の強度で泳ぐことで、気持ちよくなれることを再確認。

そして今日は、少しは期待していた面接も失敗(というかもともと
勘違いで設定された面接だった)

その他の仕事もぱっとせず。

家に早めに帰ると

「ワーパパが帰ってきた」

と大騒ぎされて、ちょっと嬉しくなり気分は下げ下げ、ちょっと上げ。

幸せもなんだか不幸なんだかわからないけど、やばいことには変わりなし。

火曜日, 12月 09, 2008

書けなくなってきた

まいったね。冴えないことが続くと、脆弱な精神の
僕は書くことを見つけられなくなるらしい。

月曜にオーストラリア人の彼と久しぶりにあった。
彼が彼女と立ち上げたECサイトが好調なので
日本での仕入れを手伝ってくれといっていた。

仕入量が多くなってメーカーとの直接交渉が必要になった
場合は僕みたいなのが必要とは思ってくれているらしい。

有望なような有望でないような、また同じような失敗くりかえしそうな。
と正直な気持ちを彼に話したけど、彼は前むき一本やりなので、
それでも日本での仕入れとかを僕に依頼したいらしい。

失敗続きで力が入らない僕より彼のほうが立派かもしれんが、
オーストラリアの会社のいい加減さの尻拭いが残っている
私からすると、本当に大丈夫かよという気持ちがぬぐえず、

陽気な彼と話していてかえって憂鬱になってきてしまった。

やるとしたら自分のリスクを限定できるように付き合わないとなあ。

日曜日, 12月 07, 2008

土曜、日曜とも娘と長時間散歩

土曜は12時から4時半まで
日曜は11時半から4時まで

上の娘とずっと話をしながら散歩をした。

下の娘は風邪で熱があって家で寝ていた。

夜は酒(ワインや焼酎)を飲んだ。

水泳は木曜日にちょっとやっただけで、まだ泳いでない。

携帯電話の具合がわるいので、ソフトバンクショップでみてもらい
修理にだした。

家族の携帯プランを料金は節約できるよう見直してもらった。
下の娘は携帯いくらもつかっていないのに色々なオプションプランに
入っていて、かなりムダになっていた。

他にも細かく見直してもらい、月5000円くらい節約できることに
なるらしい。プランが色々ありすぎて、こういうのって、よくきいてみないと
わからないものです。

ベトナム戦争とポスコ株

前回のブログで書いた食事会に60歳前後と思われる
韓国人のおじさんがいた。

ベトナム戦争に参加し

(韓国軍はベトナム戦争にアメリカ軍を
支援する形で参加していたそうだ。
韓国軍はベトナムで残虐の限りを尽くしたという説と
アメリカ軍よりもは、ベトナム人に優しく接したとう説の
両方を私は 読んだことがある。真実はわからない。)

そして、アメリカから支給された、兵隊への給与の多くは
韓国政府に徴収(ピンはね)されたと何かで読んだことが
あったのだが、その彼の話は違った。

なんと、最後にポスコ(世界有数の製鉄会社にして、技術力は
日本の製鉄会社と並ぶ、初期は日本から技術供与を受けていたが
あとは自力で、日本企業と十分競合できるレベルになったらしい)
の株として供与されそれをもっていたというのだ。

多くの韓国人は日本は戦後の賠償を約束どおり行わなかったと
思われているとも読んだことあるが、日本の払った賠償金の
多くは韓国の戦後の産業復興につかわれ、個々人には
支払われなかったと読んだことがある。
ポスコの そのお金をもっとも有効に使われた企業だと読んだことがある。

とすれば、ベトナム帰還兵に給与だか退職金のかわりに
ポスコ株で払ったというのは、そのとき韓国政府が払えるものとして
理にかなった粋な計らいをしたことなのかもしれない。

最初は紙切れだと思っていた、その株はポスコの
驚異的な成長とともに、何十億コリアンウォンの価値をもったそうだ。

そして彼は自分の作った会社でも成功を収めていた。

ところが、IMF危機(韓国の経済危機10年くらい前)で
彼の会社は手形決済がギリギリになり、
そのポスコ株は20分の1の価値となった。

彼は手形を決済するためそのポスコ株を泣く泣く売って
手形を決済したが、結局会社を維持できなかったらしい。

ポスコ株はその後また何十倍の価値となったそうだ。

彼はその後逃げるように日本に来たといっていた。

既に糖尿病で健康も害しているらしい。

その彼が僕にこう言ってくれた。

「私があなたくらい若ければまだ何でもできる。頑張ってくださいね。」

初対面の僕になぜそういってくれたのかわからないが、強い印象が残った。

木曜日, 12月 04, 2008

文章と感情と本音 外国の人との食事

2006年に体調崩してから、自分のことを日記でブログに残して
おきたいと思い、このブログを書き始めた。

特にここ数ヶ月はほぼ毎日書いてきた。

多少無理にでも何か書いてきた。

大げさに言えばそれが何だか自分の生きている証のような
気すらしていたのかもしれない(自分の気持ちなのに曖昧な書き方)。

今はありがたいことに十分健康になれたが、(それこそ一番喜んでおくべきことなのに)
それでも何かを書いておきたかった。

今年は、本当に冴えないことが、これでもかと続く一年だった。

特に9月以降、あまりに冴えないことが連続して起き続けて
きたけど、それでも無理矢理このブログを書いてきた。

感情的に落ち込みがちで、とても疲労感を覚えていると
こんなに書くのが好きな僕でも、 文章を書くのは
難しくなるんだなあと実感をもってわかった。

昨晩、日本にいる外国人の方々と
ひょんなことから食事(彼らの食事に急に参加させてもらった)
する機会があった。

何人かは何年も前の僕を知っている人だ。

彼らの苦労話をきくと僕なんかより遥かに苦労している。
というより、僕の苦労は苦労のうちに全く入らない。

日本で大変な思いして働いて、しかも今は円が高いからと
自分の母国の家族に送金してあげて、実際に日本で彼らが
生活していく金に困っている。

それでも、彼らは、明るくたくましく生きている。

彼らの中で僕が今よりもハツラツとしていた頃を知っている人は
しきりに僕を励まそうとしてくれた。

彼ら自身が大変なおもいをしている分、他人の心の痛みに敏感らしい。

自分より余程苦労している人たちに励まされながらも、
僕は彼らをそれほど気遣ってやれるほどの配慮ができる
精神的余裕もなかった。

自分の度量の狭さと彼らの心の温かさを同時に感じた夜だった。

自分の心の痛みばかり大げさに感じてしまう自分を恥じた。

どうしても泳ぐ元気もでてこないままだけど、今晩はプールに寄ってみよう。

水曜日, 12月 03, 2008

「脳にいいことだけをやりなさい」 という本

新宿駅の構内にある本屋でチラチラ見て、結局買ってみた

脳にいいことだけをやりなさい!

という本。

まだそんなにきちんと読んでないのだけど、
心の持ち方や物の考え方で、そんなに自分を変えられるのか
疑問に思っているくせして、これを買ってしまった。

自分がなかなか変われないけど、今でも変わりたいと強く思っていることを
こういう本買うと強く意識する。

中年になっても自分を変えたいなんて、自分が中年になってみないとわからなかったけど、
この分じゃきっと、僕はきっと老人になっても自分を変えたいと思うのだろう。

気をつけたほうがいいのは、自分を変えたいと言う気持ちが、
今の自分を否定する気持ちの裏返しでしかないものにならないようにすることだとも思っている。

今の自分の良いところを認める気持ちも大切で、それがないと良い方向に
自分が変わっていくための足場がなくなってしまうように思うんだ。

月曜日, 12月 01, 2008

ペットショップ コジマまでサイクリング



猫かまくら

寒くなってきたので、猫向けのヒーターとそのヒーターを
いられる、上の写真のようなものをかった。

昨日はしたの娘と、コジマ(電機ショップでなくペットショップのチェーン店)
八王子店まで自転車で(片道)3kmくらいの道を走ってきた。

妻の買ったヒーターに合うサイズがこの雪だるまかまくらの
ようなやつしかなかったのだけど、猫が使ってくれて一安心。

日曜日, 11月 30, 2008

奥多摩、大菩薩 タンデムツーリング



大菩薩の途中の展望台から



同じ場所から、もう雪が残っている。バイクでくるには寒いはずだ。




展望台のベンチに娘が寝転がって、速く駆け抜ける雲と青い空を
眺めていたところ。僕はベンチの横の木の床に寝転がって
これをとった。標高1600mで空気がきれいで、風が強いせいか
屋外にむき出しの床の上も雑巾でふいたみたいにきれいだった。


昨日は、丸一日娘とバイクで走りまわった。

朝7時半に家をでて、かえってきたのが夜の9時
その間、バイクで走っているか、温泉に入っているか、飯をくっているか、
温泉でちょっと転寝をしているか。

奥多摩から、丹波山村、柳沢峠、大菩薩の日川峠、20号にでてというルートだけど
途中、

奥多摩周遊で 「都民の村」
丹波山村で 「のめこいの湯」 かき揚げ蕎麦とたこ焼きと グーばあさんのモチモチ大福(粟が入っていてとてもうまい)
柳沢峠で(こんにゃくの味噌田楽)
日川峠で木で作って遊歩道を1km歩いて展望台まで(写真の場所、途中誰にもあわず)
天目温泉でヤマメの塩焼きを2人で4匹
暗くなってから、藤野の近くで、焼肉で夕飯。

曇り空と、少し雨がぱらついたっり、急に日がさしてきたりと、
寒くて、もうバイクもあまり走ってなかったけど、娘が背中にくっついている
おかげで、一定の暖かさが身体に残って体温も保てた。

多くのことを感じられて、楽しく充実した一日だった。
同じコースでもタンデムで走ると違うものを感じられた。

金曜日, 11月 28, 2008

父の話を娘とする タラコの話

こないだの娘の話との続き

娘 「パパのパパってどんな人だったの?」

私 「凄く優しい人だったよ」

娘 「じゃあ怒られたりしなかった?」

私 「2回だけ怒られたことあるよ。初めて怒られたときはね。
タラコは焼いたほうがおいしいか、生のほうがおいしいかと言う話で、

パパが「焼いたほうがおいしい」って何回もいったら、

「最初は、生のほうがおいしいよ」 って優しくいってくれていたのに

それでもパパが「焼いたほうがおいしい。絶対焼いたほうがいい」
って言い続けていたらね 急にね 大きな声で

「生のほうがうまい」 って言われて、

いつも優しかったパパのパパが初めて怒ったからととても驚いたんだ。」

娘 「パパのパパに会ってみたかったなあ。」

私 「それでもう一回は、妹に強く枕を投げて怒られたんだ。その2回しか怒られなかった。」

娘 「パパは意外にヤンチャだったんだね。 (しばらく沈黙) 家族っていいねぇ。」

木曜日, 11月 27, 2008

娘のバイク好きがとまらない

昨日寝るときに上の娘と色々な話をしていたら、
その中で、 バイクの話もでてきた。

娘(小6) 「ああバイクに乗りたい。今度の休みにまた乗せて」

私 「乗せてもいいけど、もう寒いよ。それより本当は自分で運転したいだろう?」

娘 「うん。運転したい。」

私 「でもさあ、バイクは危ないからさあ、それで、***ちゃんが怪我して、
例えば足でも動かなくなったら困るでしょ。パパのせいかもしれないし」

娘 「ううん。全然、足動かなくたっても、すぐたちなおって頑張れるよ。」

私 「えっ そうなの、そのくらいじゃ落ち込まないの?」

娘 「そのくらいすぐ立ち直るよ。パパももっとプラス思考でポジティブに考えなきゃ駄目だよ」

私 「***ちゃんについてきます。」

娘 「ついてきて」 (小6なのに)

番外

私 「それでパパがバイクで死んじゃったらどうなの」

娘 「立ち直るのに、足が動かなくなったときより時間が少しかかるかもしれない」

私 「フーン」

水曜日, 11月 26, 2008

私は貝になりたくはない

仕事その他 空回りが続いているので、
もう、あきらめて、ボーっとしているほうが良いのかなとも
チラッと思ったりもすることもあるのだけど、

僕が貝のように閉じてしまったら、なんも面白いこともないだろうな。

そう思うのでいつまでもジタバタと動き続けている。

午前中に会った人は、これまた小さな会社をやっている人で、
うちの社員はみんな鬱病になってしまうといっていたけど、怖い話や。

午後に会った人は、病院行ったら鬱病と診断されたけど、
薬は飲みたくないと言っていた。

最近はこういう精神障害をみんな隠さずあっさり話すし、
世の中にそんなに鬱病の人が多いのか改めて思うのであった。

それに僕は、妻にはあまり話をしてもらえないけど、
色々な人が僕にうちあけ話のようなことをしてくれるのだ。

事実は小説より奇なりとは、本当のことで、でもあまりに
面白くて意外な話はプライバシーの問題もあるから、
書く気にも他の人にも話す気にもならない。

今の僕の状況の方が鬱になってもおかしくないような気もするけど、
この状況に負けるわけにはいかない。

水泳で、燃え尽きるほど泳ぐと 自分はとてもハイになれるので、
それさえあれば僕は鬱にならないと思っていたのだけど、
鬱だとそもそも、泳ぎたくなくなるし、泳げなくなってくるんだろうなあ。

そういえば泳ぐ回数が減ってきた。ヤバイヤバイ。

火曜日, 11月 25, 2008

寒いとモテモテでも仕事はダメダメ

寒くなってきて、娘達が、冷たいベッドに入るのをイヤがり、
僕の寝ているところにきて、冷たい足とか僕にこすりつけて
暖めようとする。

それが昨晩のことで、僕はまた、考えても解決に近づかない
ことをウダウダ悩んでいたのだけど、
ニコニコしながら、そうやってくっついてくる2人の娘をみていると
僕にもこんなに幸せなこともあるんだよなあと、少し気持ちを
切り替えようとはしてみた。

仕事うまくいかないことがつづくと本当に情けない。
自分の価値を自分で自然と否定してしまっている。

今日は、小さいながら、あるニッチ分野でトップシェアと
なっている会社の社長と話す機会があった。

まだ32歳ということだけど、物腰も考えも成熟していて、
かつ情熱をもって挑戦しようとしているのが伝わってきた。

僕は別に卑屈になったわけですらないが、
素朴に俺って今まで何をやってきてこうなっちまってるんだろうと
思わずにはいられなかった。

月曜日, 11月 24, 2008

散歩と水泳見学と読書

朝、6時くらいに目が覚めベッドの中で寝返りを打っていたけど
そんなことしていてもしょーもないので、

上の娘と7時くらいからまた散歩にでた。

昼くら「いから雨になって、雨になると眠れてしまった。

夕方に、娘達をスイミングクラブに連れて行く、

「パパあ 背泳ぎ苦手だからみないでね」

「じゃあみない」

「やっぱりちゃんと見てて」

とかいう会話があったので、見ている振りして、
「突破者」を読み返していた。

思えば、8年前この本を読んで僕も困難な状況を
突破できる男になろうとおもって、ある会社の社長を引きうけたのだった。

挑戦する気持ちを失ったら、僕にはあんまり残るものないような気がしてきた。

娘達は水泳の検定に合格して喜んでいた。

日曜日, 11月 23, 2008

11月末の奥多摩と柳沢峠


柳沢峠から甲府側に下る途中の道から見えた富士山


奥多摩周遊道路の浅間尾根駐車場から東京方面をみたところ



うちの猫が2匹で丸まって気持ち良さそう寝ているところ。
黒い猫は良く見ないとわからない。

奥多摩周遊道路から大菩薩ラインへ柳沢峠を通って
甲府方面にでて20号(甲州街道)で帰ってきた。
今年は何回も走った道だけど、
11月末に走ると気温が下がって、また趣が違った。

今日はスキーパンツをジーパンの上にはいたので、
体温低下はかなり防げた。

手と足の先が冷たくなった。
家についてガスファンヒーターの前で体を温めていると
眠くなってそのまま少し寝た。

普段の生活であまり寒い経験をすることがないと
一度、身体を冷やすことで、眠っていた身体の
機能がもどってくるかのように感じられる。

今は走り終えてから6時間たったけど
まだ体が火照っている。

土曜日, 11月 22, 2008

銀杏祭



銀杏祭りでいつも娘達と散歩している場所や道がこんなに
人で一杯になっていた。

今日と明日は銀杏祭りで、
我家には、妻の両親私の母もきて、鍋料理を食べた。
娘達と義父と祭りをみてあるき、磯辺焼、焼き鳥、串ステーキ、
綿菓子、団子、その他、もろもろ途中に店でかってあるき
ながら食べた。
天気もとてもよかたのに、3時間に以上も昼寝をした。
昨晩また夜中にプールへよって、泳いだ。
寝るのは夜中の3時近くになっていた。
仕事ももっと色々手を尽くさなくてはとは思っているのだけど
前みたいに無理しすぎて、身体壊したりしてもしょうがないので、
適当にいい加減な中で、やれることをやって、駄目ならしょうがないと
思ってしまっている。

金曜日, 11月 21, 2008

エレファントカシマシが歌うジュリーの歌がかっこいい

http://jp.youtube.com/watch?v=xngW-fxTpd8

昔の沢田健二の歌をエレファントカシマシが歌っているだけなのだが、
ミョーーにカッコよくて、歌詞も声もメロディーもすっかり頭にこだましている。

この3日間くらい。

「男は誰でも不幸なサムライ、花園で眠れぬこともあるんだよ。」

ああそうですねえ。ってね。

木曜日, 11月 20, 2008

ふやけるまでプールにいた夜

夜の10時に西八王子駅についてから
プールに向かった。

もうほんの2ヶ月前のスピードではとても泳げないけど、
それでも水に入っていると、心地よい。

プールには僕しかいなくて、好きなだけ思いっきり泳いでくださいと
スポーツクラブのコーチに言われた。

水の中を歩いて、キックして、プルして、ダラダラして、
プールの中に2時間近くいた。
それだけでも楽しいのだ。プールと水泳大好き。

プールから上がってスポーツクラブをでるときに
こないだのイギリス人の(マンチェスター出身の)英語の先生に
あったので、(彼女はこんな深夜にわずかな時間でも泳ごうとしていた)
軽く会釈したら、

「ウェアリング クローズ!」 

とかいってたからおそらく前回、僕が失業している話したのに、
スーツを着ていたから驚いたんじゃないかと後から思ったが、

普段着でちょっとおしゃれしているその英語の先生はプールにいるときよりも
さらに美しく、その人が輝く表情で自分に向かって話しかけてくるから、
ものすごくびっくりしてしまい、不自然な表情で後ずさりしながら
軽く頭を下げて帰ってきてしまった。

不意をつかれると、昔の子供の頃みたいな恥ずかしがり屋の習性が
とっさにでてしまった。

水曜日, 11月 19, 2008

ウィスキーで楽しく酔った

こないだ、娘達とプール行った帰りにCOOPによって、
半額になった惣菜やら刺身と一緒に
ニッカのシングルモルトウィスキーを買っておいた。

昨日家について、娘にウィスーキー入れてくれというとどのくらい
いれればいいかわからないと言うから、大きなマグカップに適当に
注いでから(多分150CCくらいかな)これを適当に氷と水で薄めてくれと
渡した。

そうしたら、500ccのマグカップ一杯になみなみと氷と水で薄めてくれた。

それを寝る前に全部飲んだら、ダンダン楽しい気分になってきた。

酔っても楽しくないときと楽しくなるときとなんの違いがあるんだか
不思議だけど。

頭の中のつまらないこと、でも真面目に将来想像すると、考えなければいけないことが
どうでもよいような気分になり、多分なんとかなるだろうと、(事態は何も変わってないのに)
楽観的になれるのであった。

その楽しい気分のまましばらくテレビをみて、それから寝た。

脳の中の、こうすべきとかこうしなければいけないとかそういうところを
アルコールが抑えてくれるように感じた。

火曜日, 11月 18, 2008

水泳の出会いは楽し

昨晩は家族で新宿周辺で焼肉を食べた。
料理も上手いし、家族でとても楽しく過ごせてそれはハッピー
なのだが、

最近車検だなんだと出費がかさなり、僕の仕事はこんな
状態なので、このままじゃいけないと、

家族に帰ってもらったあと、なんとかできること見つけようと
ちょっとでも次の仕事につながりそうな作業を新宿でインターネット経由で
続けた。

帰り道にスポーツクラブによっても、ちょっと前のようには全然泳げなかった。

さて、前から、トキドキみかける、白人の若い女性がいて、いつも仰向けの
平泳ぎみたいな泳ぎで、ユックリ、リラクスして、とても水の感触を楽しむように
泳いでいる人がいて、昨晩も僕の隣のコースで泳いでいた。

綺麗なだけにツンとした印象を勝手に受けていたのだが、

彼女が帰りに大学生のバイトの監視のニーチャンとプール横のジャグジーで
長いこと話こんでいた。

私もそろそろ帰ろうと思って、その近くを通るとそのバイトの兄ちゃんが

「この人も英語しゃべれるんですよ」 (と英語で)

言って、僕をその話の輪に引きずり込んだ。
(なんて良い若者だろう。僕は邪魔しちゃ悪いと思ってたのに。)

さて、彼女もベルリッツの英語の先生で(以前書いたインド人の同僚で)、
イギリスマンチェスター出身で
日本に来て6年くらいで、
以前いた、日本人の彼はとてもハンサムでプレイボーイで (I really heart broke.) したのだそうだ。

話してみると、ツンとしているどころかとても愛嬌があって、
何とも良い表情をするのですっかり楽しくなってきた。

僕に何をしている人なのか質問されたので、
無職だとこたえると。

間髪おかずに

"Happy to you"

と言って、人生にはリラックスして過ごせる時期が必要で、
云々かんぬんといっていた。

自分はそんなに余裕のある身ではないのだけど、優雅な人々は
発想が違うし、その間髪を置かない 
"Happy to you" が本気で
そう思っているんだなあと思わせるのであった。

そういえばインド人の彼も来月、オーストラリアに留学に旅立つけど
そのまえに自分のためのパーティーを自分で主催するのだそうだ。

なんか余裕あるんだよなあ。

月曜日, 11月 17, 2008

検査良好 とうとう平日まで娘と過ごす

今日は、娘達が土曜日の学習発表会の代休で、僕についてきたがったので、
上の娘と行動をともにした。

労基署に言われた書類をサクサクとそろえて提出して、
慶応病院へ

あのカリカリしつづけた状態のときに採った血液でどんな結果出るかと思ったら、
ほぼ全部正常値、ホルモンも、こんな検査を半年に1回続けていく
らしいから、俺って、普通の人より長生きしちゃうんじゃないだろうか。

あれだけ、いろいろあって、飯も食えないで動き回っていたときでも
検査結果がこれだけよくて、逆に自分の身体にいくらかは自信がもてた。

娘は文句もいわずに、労基署も病院もつきあってくれるのであった。
悪いから、昼飯はちょっとよい寿司をご馳走した。

明日のこともわからないけど、やれることをドンドンやり続けよう。
やれることをドンドンつくり続けよう。

走り続けよう。さいわいかなり健康になったことだし。

日曜日, 11月 16, 2008

田母神氏の論文を試しに読んでみた。そして思ったこと。

田母神氏の論文が問題だということで、マスコミで騒がれている。

総じて、トンでもない人というような論調である。
何をもってトンでもないのかよくわかあらないので、
彼の短い論文を読んでみた。

http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

これがそこまで多騒ぎになるんだねえ、もちろん彼の立場と重なってのことだけど。

論文の内容が歴史とあっているかを検証する知識は僕にはないのだけど、

過去の戦争で各国がやってきたことを比較して、日本だけを侵略国家とするのは
公平性がないであろうことは、容易に推測できる。

あらゆることに良い面もあれば悪い面もあるはずだ。

ところが、日本の第二次世界大戦までの歴史は自虐的なもの以外は
取り上げてはいけないかのような、強力な力が未だにかかっている
ようにみえてしまう。 

この事件についてのマスコミの対応はまるで大きな権力者に
おもねっているかのようにすらみえてしまう。

まるで、日本の大衆はは日本の過去を恥じたまま生きていくような
方向に誘導しなければならないような指導方針でもあるように。

また僕の考えすぎに過ぎないのかねえ。

学習発表会と水泳

土曜もまだ娘達と過ごす日となった。

小学校で、学習発表会というものがあり、
僕たちの時代の学芸会のようなものらしい。

見に来てくれと前からいわれていた。

下の娘は「オカシの海賊」というやつで、面白くなかった。

上の娘は「世界の国旗ニュース」 とかいうやつで
私は無知なので、キリスト教やイスラム教が国旗のデザインに
反映されている国がこんなにあるのかと初めて知った。

ふたりとも劇の中でみると大人っぽく見えた。

夕方には2人の娘にプールへ連れて行ってくれと
しつこくせがまれて、しぶしぶつれていった。

「私のクロール見てえ」
「私のバタフライ見てえ」

と僕に泳げるようになった種目を見せたくてしょうがないのだった。
ふたりともそこそこは上達しているのだけど、下の娘はスイミングクラブで
教わった型にこだわるあまり、泳ぎが硬くなっていた。

金曜日, 11月 14, 2008

ある人が起訴されて、考えたこと 小さい会社の立場から

朝に、ある会社の社長とあっていたら、話の中で共通の知人が
脱税で起訴されたことを教えてもらった。

彼は自分で創業した会社を、苦労に苦労を重ねて、
一時期は上場も可能と言われるところまで育て上げた。

その苦労の過程では、自宅を抵当に入れて融資をうけたり、
過労やストレスで健康を害したりもしたときいている。

社員に厳しかったともきいている。

例えば、システムを導入してうまく動かなかったら
お客さんに満足してもらえるように動くまで3日間くらい
帰って来るなというようなこともやっていたときいている。

それで社員に嫌われても、お客さんには信頼されて
業績がさらに伸びたようにみえた。

(僕は社員に甘くて駄目だった。)

彼はその分野で自分の会社をトップシェアに育てあげた。

ところが、創業者で大株主であるにも関らず、
彼の持株のシェアが50%を切った途端に、
彼以外の全ての社員と取締役にクーデターを起こされて
彼は自分がそこまで苦労して育てた会社を追い出されてしまった。

そのときに彼は自分の持株を自分を追い出した他の役員に
買い取らせた。

そのときの株式譲渡益に課税されたくないばかりに、
タックスヘイブンに住んでいることにしたらしい。

でも実際は東京にいてそれがばれて、起訴されてしまった。

その金を元手に、新しい会社を起したが、上手くいかずに
お金のかなりは消えてしまったはずだ。

だから重加算税とかいうものをくらったら彼はそれを
支払えないかもしれない。

マスコミの記事では数億円の利益を得ながらそれを隠して
数千万円の脱税をしたとしか書いてないから、
簡単に支払えるようにみえてしまうが。

実は僕も彼に騙されてしまったことがある。

それでも、その事件をきいて僕が第一に感じたのは、

「かわいそうに」

ということだった。

小さな会社の立場で大きな会社や役所と接すると
日本で小さな会社を成長させていくことにどれだけ、
理不尽なことがあるかわかるし、彼はそれをなんとか
くぐり抜けてきたのに結局そうなってしまった。

確かに彼は怪しいところがある人だった。

ところが怪しい人は大企業にも役所にもいて、
ずっと悪いことを巧妙にやっていて全然つかまらないのだ。

賄賂を要求する大企業の管理職、
(それを拒否して、ライバル企業の製品を採用されてしまった俺)

脱税を指南して大きな利益をだしているらしい税務署のOB
(これはマスコミ情報だけど。)

大企業に雇われた節税顧問会社と政治のつながり。
(すんません、これもそんなに知っているわけじゃないんです。)

法律はさじ加減できまってしまうようなところがるし。

現に僕は弁護士のいい加減さを最近間近にみたわけだし。

そういう人たちに比べて、彼は権力をかさにきて、悪事を働いた
わけではない。

罪としてわかりやすい捕まりやすい悪事を働いてしまったわけだ。

かなり嬉しかったこと(親切身に沁みる)

仕事の付き合いであった僕より20歳くらも若い人から
急に電話があって、

「*****社って知ってますか?」

というので

「きいたことはあるけど」

と返事したら、

「今人を募集してるので、応募しませんか?」

と言ってくれるのであった。
自分が大変なときほど、人の親切は身に沁みる。

僕が25歳くらいのときに、自分より20歳も年上の人に
こんな気遣いできたかと想像すると、少しもできなかったと思う。

実際にその会社に会えるかどうかしらないけど、
そういう連絡してくれる人がいるだけでも、頑張る気力が湧いてきた。

気力あるうちに、できるだけのことを前に進めよう。

猫を追いかける話

我家の2匹の猫のオスのほうのルークは、今は私から逃げるのであった。

家に来たばかりのころは、僕のベッドに潜りこんできて一晩中スリスリされて
眠れなくてこまっても、それを許容してあげた俺様をそこまで邪険にして
逃げるとは。 

それで私は追いかけるのである。嫌われたら、もっと嫌われちゃおうと、
どたばた、うなり声を上げて、怖がらせながら、追い回すのだ。

それで、部屋の隅とかで逃げ場を失って、縮こまるルークを捕まえて
持ち上げて、抱きかかえると、あの小さくて、不安そうにしていた
ルークがこんなに大きく育って、活発に動き回って、良かったなあと
シミジミ思う。

ルークにも 「良かったなあ。本当に良かったなあ。」 と話しかける。

そして、床に置くと。 またルークはすぐに逃げていくのであった。

そんなもんさ。

木曜日, 11月 13, 2008

音楽が欲しい エレファントカシマシ追加

音楽聴いていると、楽しいのだけど、同じ曲を聴きすぎると飽きてしまう。

ボニーピンク、平井堅、佐野元春、パフューム、10CC、アースアンドファイア、あたりを
適当にまわしてきいていたけど、いい加減飽きてきて、

新たにエレファントカシマシをユーチューブでプロモーションビデオとして
手当たりしだいにダウンロードして聴き始めた。

これだけシンプルな音楽で、ここまで長期間活躍しているのは
このボーカルの人によるところが大きいんだろうなあ。

笑顔の未来へ

という曲知らなかったけど、良かった。

水曜日, 11月 12, 2008

元気な若者達と晩飯


「俺達は経済問題関係ないよ、気持ちよく眠るだけさ」


トレーディング情報のサイトと運営している会社の人達と
焼肉を食べた。

いい年して若者におごってもらった。

この会社の社長さんにこのブログの内容をポロッと言われて、
驚きと恥ずかしさが瞬間的にやってきた。

こんなに忙しい人が、よく読んでくれたものだ。

焼肉食べならが色々話すると、やっぱりこの若者達は面白い。
こういう前向きなやる気とそれぞれ違う得意分野をもった
人が集まった、面白そうな会社にあうことは最近あまりないのだ。

さて彼らと別れてからプールにいった。水泳にいく回数もへり、
泳ぐ力も入らなくなっているけど、昨晩は彼らと話したおかげで
キック10分、プル10分、スイム1500m 28分(のマイペースで)
泳ぎ続けられた。

泳ぐと自分のどこの筋肉が疲れているか、どこを怪我しているか
面白いように良くわかるのだけど、僕が今はどこの筋肉もいためてない。
(最近、泳いでないせいだけど)。

それでなんで泳げないのかが昨晩は良くわかった。
頭がジーンと疲れているのだ。なんとかしようとして、何も考え付かずに
キリキリ考えてそれで、無駄に頭がかなり疲れていて、それが、泳ぐと
よく自覚できた。

朝にはレガシーの車検のことで、近所の修理工場のおじさんにもきいて
みたけど、結局、今回はディーラーでの大掛かりな分解作業が必要だとわかった。

火曜日, 11月 11, 2008

美人と昼飯

仕事で一度だけあったことある女性から、
私に話したいことがあるという連絡があって、

彼女が指定した渋谷のレストランで昼食を一緒に食べた。

一時間半も話ながら、全く100%仕事の話で、しかも
僕からほとんど彼女の役に立ちそうな話もできず
こんなんで良かったのかわからなかったのだけど。

聡明そうな綺麗な女性と集中して話すのはやっぱり
それなりには楽しいものなんだなと思った。

それだけなのに、その僕と会うのが2回目のその女性にまで

「人に使われる立場より、ご自分で仕事をはじめられたほうがよいと思います。」

といわれ、それがどれだけ大変か経験している僕は、そんなあっさり言わんで
ほしいなあと思ったのであった。

「奥さんは仕事していらっしゃるのですか」

ともきかれた。

月曜日, 11月 10, 2008

アルプスの少女ハイジから月曜の朝まで

昨晩(日曜の夜)は家族で、

「アルプスの少女ハイジ」

の後半の話を何話分もまとめてDVDでみた。

僕がみたのは、ハイジがフランクフルトからアルプスにもどって
しばらくたったあたりから。

改めてみると、この話突っ込みどころ満載やな。
酒も入っていたので、

「クララ歩けるようになったら、それをばあちゃん驚かそうと隠したりするなあ!」

とか言って笑いながらみた。

この日は寒い中バイクに乗ったり、温泉に入ったり、酒飲んだりしたので、
10時くらいから寝た。

そして4時半くらいに目が覚めたので、残り物適当に食べて
会社にきた。

なんとか仕事をつくらんとなあ。

僕は心配事があっても、眠りにはつけるけど、朝早く目が覚める傾向がある。
まあ6時間半もねれば十分だけど。

日曜日, 11月 09, 2008

娘と初めての二人乗り (バイクタンデムツーリング)

朝は6時に目が覚めてしまい。
しょうがないから朝風呂に入りながら、

「思考は現実化する」の本文までの序文を全部読んでみた。

風呂からあがっても家族はグッスリ寝ていて9時半くらいに起きてきた。

長女はバイクに乗せてくれといってうるさいので、
11時くらいから、曇り空の寒い中、昨日かったヘルメットをかぶらせ
バイクで走り始めた。

昔は女の子をバイクに何回か乗せて走ったことを思い出した。

和田峠通過の陣場コースから藤野を通過して、青根の湯にまたまた行って、
そこから藤野に引き返してきて、20号でかえってきた。

いつもの饅頭やで今日は娘の希望で、饅頭だけでなく、
うどんと味噌田楽もたべて、店のおばちゃんが紫芋も
お土産にもたせてくれた。

雨もちょっとパラついて、寒くて、暗い曇りのそらの下だけど、
娘はバイク楽しいねと何回もいって、バイクに乗っている
間は一緒に話して、歌って、楽しく過ごした。

16歳になったら、バイクの免許をとってパパと一緒に北海道に
行きたいとのこと。

寒い中、娘がしがみついている背中の辺りは暖かかった。

金曜の夜から土曜の夜まで 水泳、車検見積、娘のヘルメット

金曜夜、友人とビールを飲んでから会社にもどって、
いくつか仕事のメールを書いて、ブログを書いてから
帰宅した。

プールによって、軽く泳いだ。
すっかり泳げなくなっていた。

10分間のユックリのバタ足と
10分間のプルブイをつかってのプルと

そのあと普通にクロールをやろうとしてももうだめ。

アルコールもまだ完全には抜けてないだろうから
無理しないでそれでやめておいた。

今日の土曜の午前をボヤボヤ過ごし
昼頃にスバルのディーラーから車検の見積もりに
来ないかと連絡があり、娘と出かけて見積もりを
とってもらった。

古い自動車なので、車検代もかかる。

そのあと、2輪館というバイク用品ショップにいって、
娘との約束どおりヘルメットをかった。

そのショップと並んである自動車用品店でも
車検の見積もり無料でやっていたので、みてもらうと
ここでもディーラーと同じくらいの金額だった。
交換する部品は安いのだけど、工賃がかかる手間の
かかる作業が必要でしょうがないらしい。

途中で酒をかって、家にもどって、酒を飲みながら
テレビをみながら時間を過ごした。

いまはNHKで

不屈の者たちへ「倒産社長再起へのハンドル」

という番組をみている。

年商30億までの会社を作りながら、バブル崩壊で
その会社が倒産した後にタクシー運転手として
頑張っている60代の人を取材した番組だ。

これだけの仕事をできた人がタクシー運転手しが仕事が
みつからないというのはどうしてなんだろう。

もっとこの人の経験や能力を活かせる道が
どこかに必ずあると思うのだけど
現実にこの人は50代から60代にかけて
この仕事を続けている。

タクシーの運転手さんは元社長って人多い。

この人はタクシーの運転手として仕事で
努力を重ねて、売上を伸ばしていく。

なんでそんなに頑張れるんだろう。

大手のタクシー会社で一番を争う売上を
出せる運転手になり、タクシー運転手の
仕事に、誇りとやりがいをみいだして、
生きていらっしゃる。

尊敬に値する人だ。

でもこんなに真面目で真剣で、純粋に信頼を大切にするような人だから
多少悪いことやってでも自分の会社を持たせるということも
できなかったのかなもしれない。

金曜日, 11月 07, 2008

このブログを読んで、大学時代の友人がきた

大学の時代の友人が、

最近の僕のブログがあまりに暗いので心配だ、

と言うことで急にやってきて

2人でビールを飲んだ。

彼のほうが僕より仕事でやつれているようにも見えたのだが。
以下のその彼のブログ。

http://blog.goo.ne.jp/blackcoatak/

僕は生きているだけでも儲けものという気持ちが
どこかにあるので、そんなにまで心配してもらう状態では
ないのだけど、そうやって来てくれる友人がいるのは
嬉しいことだった。

娘の英検5級合格で要求された御褒美

娘がこないだ受けた英検五級に合格したことを
妻から電話で知らされた。

それからしばらくして、娘の携帯から電話が
かかってきたので、電話を取ってすぐに

「おめでとう」

といったら、

「パパ約束だよ、休みの日にヘルメット買ってバイクに乗せてね。」

そうだ、その約束を何度もさせられていたのだった。
それが彼女が真っ先にやりたいことなのだった。

思いっきり安全運転しないとなあ。

木曜日, 11月 06, 2008

猫のことと家族のこと

昨晩はチャコ(我家の小さなメスの真っ黒の子猫)が
気がつくと僕のベッドの足もとに滑り込んできていた。

僕の身体が熱いから、寒くなってくると、子供とか猫とかが
暖をとりにくるということらしい。

猫の表情は大抵はキョトンとしている。
毛皮はビロードのように気持ち良い。

寝息は人間と似ている。

子供と似ている。

我家は 妻一匹、子供2匹、猫2匹が楽しくやっている。

僕だけが何とかしなくちゃとかカリカリしていて馬鹿みたいに思えてきた。
実際馬鹿なんだろうけど。

でも誰のためにカリカリしているか、少しはわかってほしいなあと女々しいことも思う。

労働基準監督署へ早速いってみた

そもそも労働基準監督署にいくことが何かかっこ悪い気もしていたけど、
こういう先入観はいけないと、早速今朝いってきた。

込み入った事情だけど説明していくと、

こういうことを主張しなさいと教えてもらい、
やっぱり専門家からみても、僕はもっと主張すべきであること
が良くわかった。

「あなたは経営者じゃないですよね」

と何度かいわれた。一スタッフとして関っている仕事で
自分が社長だったらこうしただろうなんて発想をしすぎていた。

僕は自責の念に駆られて落ち込むことが多いけど、
この件はどう考えても、僕のせいではないとハッキリしてきて
この件については気持ちが晴れてきた。

早速アドバイスのとおりに、メールを書いて、その弁護士と公認会計士に
送ると慌てて電話がかかってきた。

それで私のためを思っていると言う相手の主張の矛盾点をいくつか指摘すると
黙ってしまった。

彼の言葉の軽さと誠意がないのに誠意があると主張するところが、
なんともかっこ悪かった。

ただ、こんなことより一番勉強になったのは、労基署の人に

「この分野で活躍している弁護士、公認会計士ともめると、
今後もこの分野で働く場合不利になりませんか?」

と質問すると。

「むしろこのままで終わったら、なめられたままで終わってしまうので良くないでしょう。
主張すべきは主張したほうが、それなりの人だったと認められるのではないでしょうか。」

とのことだった。

自分が悪くないことの責任まで感じ過ぎて、疲れてきた自分の甘さを客観的に
指摘してもらったような気がした。

早いとこ、こんなことけりつけて、次のことにとりかからないと。

水曜日, 11月 05, 2008

娘と妻と病院と

寒くなってきて、娘達が僕のベッドに滑り込んできたりするのだけど、
昔のもっと小さかった頃のような魔法のようなスヤスヤ感が
なくなってきた。小学校の3年生にもなるとしょうがないんだろうなあ。

最近仕事での焦りのままに妻にあたってしまい、
しばらく口利いてなかったのが、
携帯のメールで

「一ヶ月くらいバイクで旅でもいってきたら」

と書かれたメールがきて、ホロッとさせられた。

こんな状態でいけるわけ無いけど、こういう僕と全く違った
暢気な発想してくれる妻がいるおかげで、我家は続いているのだなあと
久しぶりに理解した。(行けるわけ無いけど)

午前中1人で煮詰まってから、慶応病院にいって
血液検査。

ここのところ、まともに薬も飲んでないし、
カリカリ、バタバタ、飯も抜いたり不規則でどんな結果が出るんだろう。

ホルモン検査は結果が出るまでに時間がかかるので、
受信日の2週間前に血液をとってもらう必要がある。

慶応病院にくる度に、世の中の悩み事の大半は
生死の問題に比べれば小さいんだよなあと思う。

そう思えるとちょっとさっぱりするので、この病院にくるのもそんなに嫌いでもない。

信濃町駅のATMみて手術料や入院料を現金で下ろして支払ったこと
思い出したりした。

あのころに比べればいまくらいでそう暗くなっていちゃいけない。

そのあと、社会保険労務士さんと電話ではなし、
会計士(昨日のひどい公認会計士でなく)さんとはなし、
近所の会社と協力できるかもしれない仕事の件ではなした。

何人かに、昨日の出来事はなすと、それはひどいので、
労働基準監督所でも言った方がよいのではと何人かの人に
言ってもらった。

被害者意識とかでなく、あまりにも筋の通らないことを我慢して
受け入れていると、たしかに自分の心によくないので、
例の弁護士と公認会計士にいわれるままに同意することを
見直すことにする。

過去に遡って退職したことにしてくれと言われてるけど、いくら周囲に
難しい状況があっても僕個人にとって、ハイハイそうですかと受け入れる
べきことではないのだ。

火曜日, 11月 04, 2008

コテンパンの一日

悪いときには悪いことが重なるものらしく、今日はこれでもかと悪いことが他にも2つ起きた。

計3個

がっかり、ガックリ、それでも、今日自分にできることはある程度した。

こういうときはどうしたらいいんだろう。もう酒でものんで寝るしかないのかねえ。

今日朝から夜中の今までまだバナナ一本、おにぎり2個、アンパン一個、さすがに食欲もない。
丁度ダイエットになっていいのかねえ。

ぼやきおやじ。

朝からタフやなあ。弁護士、会計士、大企業対僕一人

朝のミーティングが厳しいものになることは予測していたのだが、
しょうがねえなあとサインした直後に、ある事実を知らされ、
弁護士と公認会計士の怖さを知った。

僕がそれにサインするまでそれを僕に知らせないように話を持って
いっていたとしか思えないタイミングだった。

世の中でしばしばあることだけど、自分の立場や地位をほんのちょっと守るために
現在弱い立場(情けないけど今の僕もそうだけど)がかなり困るのを承知でそれを
やる人達と接すると、何とも残念な気持ちになる。

つい、のどかな雰囲気をもつ友人の声を聴きたくなり電話して事情を話した。

彼の第一声は

「どうしてそこまで個人に酷になれるかなあ」

というものだった。 (やっぱりそうだよなあ)

彼ののどかでおおらかな声をきいてさっきまでの
カリカリした嫌な空気が洗い流された。

残念でも無念でも被害者意識もったりして自分の心を
これ以上疲れさせるとこれからのことに対応するのが
さらに難しくなるので、サラッと忘れて、忘れられなくても
なるべく次のことを考えるようにして、なんとかやっていくしかない。

ただ弁護士と公認会計士恐るべし。
これからはもっと気をつけるしかない。

そのうち良いこともあるさ。多分。

宮ヶ瀬の公園、青根の温泉、そしてゆっくりの水泳


午前中、宮ヶ瀬ダムの水の郷公園に上の娘といってきた。
下の娘は幼稚園時代の友達が昨日から泊りがけできていて
一緒に家で遊んでいたいとのことだった。
周囲の景色との関係もあるのjだろうけど空間が広がっている
感じがする広々した場所だった。娘が焼き芋を食べて僕も
少しわけてもらった。
それから。また青根癒しの湯へいって昼飯もたべた。
源泉かけ流しの湯にゆっくりつかると、ジーンと湯ったりと気持ちよい。
たぶん水温38度くらいで最初はぬるく感じるけど、ゆっくりつかっていると
だんだん気もちよくなってきた。
サウナと水風呂を数回これも気持ちよい。
夜は、プールにもでかけた。
どう泳ごうにも力がでなかった。ノロノロでも良いから、続けて泳ごうとするが
400mも泳ぐと力が入らなくなってしまう。
力の入らない一番の原因は頭にあるように感じた。
冴えないことばかりあると、頭からスリープモードになって
身体にも力が入らなくなるように感じた。
それでもしつこくプールにいて、25mのバタフライとかを続けた。
帰りがけに、バタフライをほめられ、いつか自分もあんなバタフライを
泳ぎたいといってくれた人がいて、今の自分にもそういってくれる人が
いるのがちょっと嬉しかった。
あるバイク雑誌に
「バイクに乗り続けることを誇りに思う。」
と書いてあって、何を大袈裟なとおもっていたけど、
歳をとっても、
「バイクに乗り続けてそれを楽しめて愛せること
水泳を続けて、自分の泳ぎをそのときなりに楽しめて、水泳を愛せること、
それを続けられることは、確かに十分に誇りに思って良いこと」
なんだなあと今日は思えた。
私生活が忙しいとき、冴えないことが続くとき、病気になってしまったとき、
水泳やバイクなんて続けられなくなる理由はいくらでもある。
それでもそれを続けて、それを楽しめる心と身体を維持できたら
それは確かに誇りにおもえることなんだろうと自分が中年になって
最近特に色々あって、つくづくそう思う。
そして今日は、ゆっくりと休み休みダラダラ泳いだだけだったけど、
プールからあがると、しばらく忘れかけていたような爽やかな
気持ちになれた。
また明日から大変とはいえとりあえず。

日曜日, 11月 02, 2008

石川遼のプロとしてツアー初優勝をみて


これはアロマやるやつ

今日は家から一歩も出てないけど、
お客さんが何人かきて、子供の友達が一人泊まっていく。

お客さんと、石川遼のトーナメント初優勝までのラスト4ホールを見た。
17歳でこんなゴルフをして百戦錬磨のプロを相手に勝てるとは。

優勝スピーチを聞くと途中で苦しくて泣きそうになったといっている。

水泳の北島のときも思ったけど、スポーツでここ一番で勝てる人も
プレッシャーが軽いわけではなく、プレッシャーが重いときほど
パフォーマンスをあげることができるらしい。

それは個人の資質も大きいのだろうけど、そのスポーツをどれだけ
純粋に好きかということも大きな要素にみえた。

今日は家から一歩もでないで、インターネットで色々なサイトみて
昼寝したりしていた。

経済問題の記事読んでも、これからどういう展開になるか
色々な記事を読みすぎると余計にわからなくなるのであった。

でも、きっと、何年か経ってから今からの経済状況の経過を見ると
自然に考えれば当然そうなるよなという結果がでると思うんだ。

だからこれからのことを自然に予測できないのは僕が色々な情報を
同じ重さでしかみられないことで、目が濁ったようになってしまっているんじゃないかとも思う。

散歩、バイク、水泳をちょっとづつ


また午前中に娘達とちょっと散歩した。


午後はまたバイクでいつもの陣場周りコースをゆっくり2時間くらいかけて走ってきた。


そこから、他の家で家族で夕飯(ホットプレートで野菜と肉)をご馳走になった。


そして夜は水泳をちょっとした。


バイクと水泳もちょっとだけすごくゆっくりしかできなかった。それでも好きなものは嬉しかった。


プールの監視している大学生の兄ちゃんが、通っていた自動車教習所が倒産しちゃってショックですよといっていた。

金曜日, 10月 31, 2008

「男組」のこと

男組」が分厚い廉価版ペーパーバックでコンビニにおいてあった。

懐かしい。男は男に男と認められるのが一番嬉しいんだなと思わせるマンガであった。

正義、友情、信頼 連帯感。

木曜日, 10月 30, 2008

笑ったこと

明るい話題が欲しくて、例のデイトレの人達の会社に電話してみたら、
雑談に結構付き合ってくれて面白かった。

いきなり大損して、キーボード投げつけて液晶壊したはなしとか、
税金とんでもないことになりそうな話とか(いまどき珍しく無茶苦茶景気の良い話だ)。

そんなわけで彼らは会社はまだ儲かってないらしいけど、個人として儲かっていて
その特別な才能をもちながら、会社に勤める社会人に憧れているらしく、
それがまたおかしいのだ。

どの会社も利益を上げるのに必死になっているのに、
彼らは個人的能力で莫大な利益をあげる凄い能力もっているのに
会社に憧れているようなところが、なんとも面白くて応援したくなってしまう。

まあ金銭的にはこっちが応援してもらいたいくらいでそんなこと
僕が考えるのも笑っちゃう。やっぱり俺って馬鹿だわ。

弁護士と公認会計士とどう交渉するか

抱えているピンチの1つを打開する方法を思い浮かばないまま
1時ころに寝始めると、4時半に急にああそうかとわかって目が覚めた。

その弁護士も公認会計士もとても立派な人だという先入観で
事実を見失っていた。

2人とも確認しておくべき契約書を見てもいないから、
こんな話を俺にしてとりあえず、もうこの仕事をうやむやなまま
終わらせようとしていたのだと考えると、ツジツマがあうことに気がついた。

(何故寝ているときに気がついたのか不思議だし、それに気がつくのも遅いアマちゃんな俺)

そしてその契約書は確かに2人にわたして確認すると口頭で言ってもらっていた。

それに急にハッキリと気づいて、(怒るべきところかもしれないが)
難しい数学の問題が解けたような気分になった。

さてと、

多少は頭に来てるが、その道のプロ中のプロだし、
結局は彼らの善意にうったえかけられるように話をするしかない。

その弁護士さんに確認していくと、

「こんなこと言い訳になりませんけど、他の仕事も忙しくて、確認してませんでした。すみません」

といわれた。他の人から、東大の法学部を一番で卒業した立派な弁護士だときいていたし、
今までのやりとりでも、契約書への指摘も流石にプロと思わせるものだった。

さらにその弁護士の書く英文のメールは外国人も感心するほどの
正確な英語で書かれているものだった。

その弁護士がこんなにいい加減なことやるわけないという思いで、
自分はそれに気づくのが遅くなってしまった。

「私は、先生を責めたいわけではもちろんなくて、今の状況を改善するために
協力してもらいたいだけなんですよ。」

と最後のほうで話して、なんとかもう少しは協力してもらえる方向に持っていけた。

でも、こんな経験豊かで自分より年配の弁護士相手に自分がこんな話方していて
良いのか、あとからも間違ったこと言っていなかったか、自分の言ったことを反芻してみた。

今のところ、自分が間違ったことは言ったとは思えないし、今の状態から少しでも協力を
取り付けるには、これ以上うまく話をする方法はなかったと、今でも思っている。

別に僕が直接の依頼者でもないのだが。

教訓は、どんなに立派な専門家でもミスするときはミスするといつも認識しておくことか。

なるべくなにごとも、素直な気持ちで先入観を捨てて、接したいものです。

水曜日, 10月 29, 2008

また厳しい現実を知る

今朝、会計事務所を経営している公認会計士さんと話しをしたら、

顧問先の会社がこの一ヶ月で3社も倒産したとのこと。
全部IT企業だそうだ。その会計士さんがIT業界に
多く関っているから特にそうなのだとも思うが。

それにしても。

立派なオフィスを構えている公認会計士さんとか弁護士さんと
話をすると、経営なんか全然心配ないのだろうなあと
思ってしまうが、そんなに楽なものでは全然ないらしい。

人件費とオフィス代は固定費だから、顧問先倒産して
あてにしていた収入が急に得られなくなると、すぐに余裕が
なくなるのは普通の中小企業と変わりないらしい。

今、自分が人に給料払う立場でないことだけにはホッとする。

火曜日, 10月 28, 2008

つくり話

A 「なんで、キミはそんなにいつも、何故って理由を考え続けるんだい?」

B「それは不思議に思ったことの理由がわかれば、もうそのことで悩まなくていいからさ。」

A「キミは最初に考えすぎることでまず悩んでしまっているようにみえるよ。」

B「物事の本当のことを知ることができれば、それだけで、心が満たされるような気がするんだ。」

A「でも、そもそも、ここでこう生きているだけで、その理由なんかわからなくても素晴らしいことじゃないか。
何にでもすぐ理由を考えてしまうのは、必要も無い荷物がたくさん詰まったバッグをいつも抱えて歩いているようなものなんじゃないかい?」

B「そうかもしれないね。それでも考えてしまうんだよ。」

A「せめて荷物を小さくして、もっと色々素敵な場所にいけるようにしよう。」

B「そうだね。」

アロマオイルと娘達

早めに家に帰って、家で夕飯食べて、風呂に入っていたら、
娘達がママがアロマオイルをベッドの部屋でやってくれたから、
早くお風呂でて一緒に寝ようと言っている。

アロマに熱を加えて香りを部屋に拡散させるような仕組みになっている器具だ。

柑橘系の香りだった。

妙に落ち着く、妻なりに、僕に気を使ってくれているのかもしれない。

自分のベッドに寝転がって、本を読み始めると、2人の娘も僕のベッドに
乗っかってきて、色々話しかけてくる。

「パパと一緒にいてお話していると本当に楽しいんだよ。」

とかなんとか。

僕は親の威厳なんかまるでないようなくだらない冗談と
真面目な人生訓が半分づつの妙な会話を続ける。

朝になって妻がいうには12時過ぎまで話声が聞こえたというから2時間以上も
話していたことになる。

なんとも爽やかな良い天気の朝を迎えた。

月曜日, 10月 27, 2008

死ぬわけでもないのに大げさすぎだ

さっき自分で書いたおくりびとのブログ読み返して、
なに深刻すぎる書き方しているんだろうと
恥ずかしくなった。

別に生きるや死ぬの問題抱えているわけでもないし、
すぐ生活に困るほどの問題抱えているわけでもないのに、

こういう、考え方が重すぎるところが俺の欠点だから変えてゆきたい。

おくりびと

「おくりびと」

http://www.okuribito.jp/

をみた。

泣けた。

主役のもっくんがいきなり失業するところから身につまされ

かなり感情移入しながらみた。

映画を見終わって、現実にもどって携帯でいくつかの情報をチェックすると

僕の現実はより厳しくなっていた。たまんねえなあ。

5つくらいのそれぞれ大変なピンチを抱えたままやってきて 

まともに身動きとることができなくなってきた。

自分の身体の心配するのも面倒くさくてなって、

薬飲まないでいたら、脈がまたまた乱れてきたけどもう何もしたくない。

でもしょうがないから、また今日から薬飲もう。ヤケになって良いことないし。

でも全部抱えて真面目に考えてすこしでも良い方向になんとかしようと

絶望的とわかっていながら最善を見つけようとし続けていると、精神がもたない。

おくりびとみて、泣いたあとに、会社にもどって、45分だけだが、凄く深く眠れた。

泣くことで頭の中のツッカエ棒のようなものが一時的にはずれたような感じだった。

こんなときでも明るく頑張れる男になりたいものだけど、現実は現実。

世の中には僕より大変なのに頑張っている人がいくらでもいるのになあ。

日曜日, 10月 26, 2008

娘との長い散歩

8時ちょっとすぎに、上の娘と散歩に出かける。

雨が降りはじめていたし、
昨晩泳いで酒飲んで、
おまけに風邪までひいてしまって身体が重くてだるいのだが、

娘にせがまれると、嬉しくて傘をさして歩き始めた。

浅川沿いに川の鳥を眺めたりしながら、高尾駅近くまでいって
からまた違う道で引き返してきて、途中のセブンイレブンで
チョコかって多摩御陵のにいって、

大正天皇、昭和天皇、それぞれの皇后と4つのお墓に手をあわせて
何故か蟷螂の死骸をいくつも見かけた

それから今日は城山手という住宅街をまわって。

結局、途中で頼まれていた買い物もして、

家に戻ってきたのは12時半くらいだったから、
4時間半近くも歩いたことになる。

その間、娘と色々な話をした。

帰ってきたら娘も僕もたくさん昼寝をした。

土曜日, 10月 25, 2008

道は開ける 娘と散歩 ゆるい水泳 ときどき自分に苦笑い


我家の2匹のネコは、メスがスグ唸り声をだして、オスが追いかけてばかりいたけど、
ようやく2匹とも落ち着いてきた。
昨晩、ワインを飲んで納豆食っていると(変な組み合わせ)
色々と何でもかんでも考えるばかりの自分がバカらしくなって苦笑いして午前3時にねた。
今日は久しぶりに
「道は開ける」
というデールカーネギーの悩み解消方法のバイブルみたいな本を読見返してみた。
こういう本を書いたデールカーネギーは素晴らしい仕事をしたんだなあと
そっちのほうに感心した。
家でぼやぼやしてあと、夕方から、娘2人と自分の3人でまた交代に自転車のったり
歩いたり、走ったりしながら、実家にいって、母の手料理を食べる。
餃子、ポテトサラダ、海草サラダ、カボチャ、茄子の料理と
どれもおいしかったが、また僕の仕事の状況が冴えないことや
今まで転職も多くて、恥ずかしくて親戚にもいえないとか
色々言われて、頭にきて口喧嘩して帰ってきた。
(69歳の母と45歳の息子でこれじゃ情けない限り)
それでも娘達は帰り道も僕と話すのが楽しくて、手を繋ぎたがり
楽しく散歩と自転車で帰ってきた。
母と妻から非常に評判の悪い自分だけど、娘達はどこまでも僕に優しい。
何故かはわからないけど。ただただ、僕は自分の経験から、
娘達が将来、自分を好きで自信をもてるうようになって欲しいから
しかってるときもいつも、その視点で娘をみてもいるのが
子供は純真で敏感だからわかるのかもしれない。
家についてすぐ、プールに向かった。
練習会には参加せず、ただひたすらゆっくり泳いだ。
それでもプールに入ると水が身体を撫ぜる感じが気持ちよく、
今の僕には軽い水泳でも十分な強度になるようで、
それも気持ちよく、
自分は水泳にどれだけ心身ともに救われているのだろうと
思ったのだった。
横のコースでやっていた練習会には本当に水泳が好きで
集まってきた大人が、自主的に練習を続けていた。
僕の明日はわからないけど、一日一日をまず大切にしていこう。
自分にも良いところがあると信じられる行動をしよう。
気がつくとこれを書いている僕のすぐ横にまた2人の娘がきている。

金曜日, 10月 24, 2008

オフィスの掃除を妻にしてもらった。それとしつこく経済問題、それと自分



今日は妻が会社にきて、また掃除をしていってくれた。
写真はオフィスの一角。

妻と私では性格がまるで違うのだ。
妻はあれこれ考えず、悩まず、てきぱきものを片付け、
いらないものは(ときにいるものまで)ドンドン捨てて、

掃除機でゴシゴシ掃除するのが大好きなのだ。

以前、テレビでお掃除ロボット紹介していたら、

「これじゃあ、自分で掃除できなくてつまらないじゃん」

とつぶやいていたのを僕は聞き逃さなかった。

妻のほうがよほど私より精神的に健全である。

僕は、今日も株価が凄く下がったのが気になってしょうがないのである。
そんなことより、自分がこれからどうやって生きていくかを考えるべきなのに。

まさに、目の前に、歴史的、
少なくとも自分が生まれてからでは最大の経済問題が、
世の中をグゥワングゥワン揺らして振り回し続けている。

そんなもの気にしたって、僕にできることなんて見つからないのに
気になってしょうがないし、神経疲れて参るほど気にしてしまう。

一体、世の中どうなるんだろうと。

ことほど左様に、わが夫婦は性格が違うのである。

それでも15年間以上も何とか結婚生活を続けてきたし、
幸い2人の愛すべき娘にも恵まれた。

少なくとも妻が僕と同じような心配性でなくて良かったとは思っている。

さて経済のことで、僕が漠然と思っていることとそれについての自分のことをまた書く、

今世界で起きていることは、1つ側面として、

物の価値
お金の価値
株の価値

それぞれの価値をお互いが相対的に評価しても、
何が正しいのか評価がわからないくらいの
混乱した状況になっているようにも見える。

これだけ混乱しても今でも世界で一番通用する通貨はアメリカのドルだ。

でもそのドルもアメリカ政府がいくらでも発行する
(紙を刷るのか、電子的トランザクションを発行するのか知らんが)ことができる。

通貨も所詮はそれに価値があると、みんなが思っていて、
みんながそう思い込まされることで、
それを様々な製品、商品、サービス、財産と交換するための道具として
使えるようになっているに過ぎないものなのである。

そして今回の歴史的経済問題の中で、流動性維持のためにも
通貨はさらに供給され、

人々も金融機関も大きすぎる不安を抱え疑心暗鬼になっているから、
通貨を通貨のまま(キャッシュのまま)抱え込もうとして、
実際にすでにそうとう抱え込まれているんじゃないだろうか。

そして今度はある時点で、そんなに遠くないであろう未来に、
今度は今の株式の価値を疑うように通貨の価値を疑い始めるかもしれない。

通貨も多分国が発行している株式みたいなもんなんだろうし、
所詮は仮想的なものに過ぎないから。

もし世界一の金持ちが砂漠をさまよって、喉が渇いて、どうしても水を飲みたくて、
今すぐ飲まないと死にそうなくらいな状況で、目の前に水をもった商人が
あらわれて、

「おまえの全財産と、この水を交換しないか?」

といったら、その世界一の金持ちがまともな判断ができるかぎり、
その水はどんな莫大な金より価値があると判断され交換されるハズだ。

もしこれから、食料の価格が果てしなく上昇したら、人々は
どれだけ高額であっても、自分で食料を手に入れる方法がない限り
それを買うしかない。

(あれ何を書きたいんだかわからないや)

こういう経済の混乱を経ると、お金と言うものに対する信用、信頼自体が低下するのではないだろうか。

ひょっとすると、大変なインフレが来るのかもしれない。

そして、多分、借金してものを買うことも、
欲しい物を買わないで我慢して貯金することも、
両方少ない世の中になっていくのではないか。

と乏しい知力で書いてみた。こんな歴史的な瞬間にいて何か書かずにいれないだけなんだろうけど。

そして、僕にとっての最大の問題は自信がないこと、
ここのところ失敗が続きすぎて、
自分を信頼して、自分の意志、判断の基に機敏に動くことがどうしてもできなくなってしまっていること。

自分のブログでわかるのだが、

去年書いたサブプライムのことでも、
先月書いたリーマン破綻のことでも、

自信のない自分を除いて、素のままの自分で自分の意見を書くだけなら、
僕は、実はそれほど馬鹿でもなく、次に起こることを予測できている。

ところが、失敗がこんで、自分の判断を自分で信じてやれなくなっているから、
仕事でもなんでも、まともな行動が取れなくなってしまっている。

リハビリが必要なのかもしれないけど、
その時間もなく次に何かをしなければと思い込んでいる。

もっと肩の力を抜いて、自分にもできることはあるさと、
自分で自分を励ますしかない。

泳ぐ元気も出てこなくなってしまった。

木曜日, 10月 23, 2008

結局、電話、スカイプ、直接と話をした日だった

人と話してたほうが、気分が良いのであった。

自分で考え込んでも何もでてこないのであった。

人と話す中で、意外な話をきけるのだけど、
金融業界にいて香港にいる人と久しぶりにスカイプで話したら、

ある非常に多額の資金を運用しているヘッジファンドの
話をきいて、ともかく売って売って売りまくって儲けまくって、
まだまだここから半分くらいまで下がると信じて売り続けて
いる人の話をきいて、興味深いけど気味が悪くなってきた。

ほんとに日経平均がここからまだ半分になったら、
まず銀行どんどんつぶれておかしくないハズだし。

それでも、多額(市場をコントロールできるほど)の運用をする
ヘッジファンドのその運用者は純粋に利益だけ求めて
まだまだ走り続けるつもりということらしい。

考えてみると、ソビエト連邦が崩壊して社会主義がほとんどなくなったけど、
一時期は世界の面積の半分まで社会主義国が占めた時期があったのだそうだ。

それが今は実質上ぶっ壊れてなくなった。(キューバは知らんけど)

資本主義というものだって、こわれるときはあっさりこわれることも
あるのかもしれないとおもわせる経済の状況である。

もっとしっかりすべきなのだろうが それがわからず

45歳でこういう問いかけを今頃自分にしているのもあれだが、

「一体、自分は何をしたいのだろう。」

と自問自答することが多くなった。

水曜日, 10月 22, 2008

経済問題をみていてふと思う別のこと

一体、金にどれほどの価値があるというのだろう。

世界経済依然としてひどい動揺がとまらないみたいだけど、
それはやがて多くの人の個人としての生活にも影響を与えるだろうけど、

当たり前の生活していくために必要となる金はこの世の中で生きていくのに
大切だろうけど、 それ以上の金のために心の平安を失ったりしてつぶすのは
馬鹿げたことだなあと漠然と思う。

所詮人生は限られた短い時間の中の出来事で、
その中で自分が何をやりたいかを良く自覚してそれを実行しないと、

訳ののわかならいことで悩んでいるうちに、ゲームオーバーとなっちまうんだなと。

最近特に強く思う。

ユリカモメとモノレールと浜松町周辺


ユリカモメの日の出駅から近い会社を訪問した。
会議室から、桟橋と海が見えて心が和んだ。
帰りにまた日の出駅にもどるのもつまらないので、
浜松町駅から出ているモノレールのしたをくぐり、
写真の東芝ビルの前をとおって浜松町駅にでてみた。
まだ4時ちょっとすぎくらいだったけど、ともかくなんだか疲れているので、
八王子までもどってきたらもう5時半。(八王子は遠い)
スポーツクラブによるかどうか迷いながらよってみると、
選手コースの子達が泳いでいて、横で泳ぐと弾丸に追い抜かれるような。
自分の水泳は遅い。
それでも昨日よりもはなんとかしばらく連続で泳いでましだった。
喜びも悲しみも水の中に流す自分が、水泳遅くなったぐらいでやめちゃいけない。

火曜日, 10月 21, 2008

トレーダー会社、水泳、インド人の彼の夢

昨日夕方に、デイトレダーの人たちが集まってやっている会社に遊びにいってみた。

この会社と一緒に仕事できれば面白そうだともちょっとは思っているが、
それよりたまにここの人たちと話すと仕事抜きでも面白いのだ。

自分よりずっと若い人たちだけど、デイトレで大儲けしている人達なんて
僕と違って賢くて、相手にしてもらえないかなと思っていたのだが、
実際の印象は全然違って、結構親しみやすい人達もいるのだ。

テレビにでたり雑誌にでたりもしているけど、全然偉ぶらず。

会社作って仕事しているのも例えば

「仕事して、彼女との結婚を認めてもらいたいんです。」

とか、サラリーマンの生涯賃金より稼いでいる若者が話すのをきくと
微笑ましい。

その彼らが、新宿の近所にオフィスをオープンしたので、
遊びに行って、ちょっと話をしてきた。
たいしたことはなしてないのだけど、
私にとっては元気な若者に会えるせいか妙に楽しいのであった。

そのあと、いくら自分が元気なくてもこのままじゃ泳げなくなると思い、
プールにいくと、愕然、呆然とするほど泳げなくなっていた。

頭がガーンとしていて、全身に力が入らず、ためしに100mの
タイムをはかってみると、わずか一週間で10秒あまり遅くなっているのであった。

水泳ってそういうものなんだな、僕にとっては、
積み木を積むようにやっとあるところまできても
ちょっと風邪ひいたり、体調崩してしばらく泳がないだけで、
積み木を崩したようになってしまう。

またトボトボと泳いでいこう。

プールには例のベルリッツで英語の先生やっているインド人がきていたので、
また色々話して、帰り道も同じ方向だったので、着替えてからも歩きながら話した。

彼の話をきいていると、どうも随分と豊かな家の人らしい。

「実家は資産家なの?」

ときいたら

「それほどでもない。 日本はほとんどの人が平均的な生活しているようだけど、インドの金持ちは全然生活違うんだ。(自分の家はそれほどではないと言いたかったらしい)」

とのことで、

近いうちにオーストラリアの大学院に留学するとのこと。

日本で稼いだお金でインドの株かっていたら、60%も落ちてしまった。
でも自分はお金よりも、将来は農場を作って、太陽電池つかって、
自給自足できるようにしたいのだと、中央線沿いの暗い夜道で
熱く語ってくれた。

今朝は、自分で会社やっている真面目そうな社長さんとかなり
本音で話しあえた(つもり)でまた楽しかった。

結局、僕は他人の美しい生の心の動きに接することができたと
感じられると、それをとても嬉しく感じることが多いらしい。

それにしても自分より若くて、自分でしっかりビジネスやっている人達に会いながら、
私は自分でビジネスやる気になれずに、またどこかの会社に雇ってもらおうとしている。

妻に言われるまでもなく俺は非常に矛盾しているような気がしてきた。

月曜日, 10月 20, 2008

なんでこんなに疲れるかちょっと考えてみた。

ここのところヒドク疲れる。

なんでこんなに疲れるのか考えてみると、
気持ちが休まらないからなんじゃないかと。

仕事がなくなったりすることより、
病気で死にかけたりするほうが、

生きるために遥かに危険ではある。

でも病気のときは、医者に言われたようにして、
大抵はじっとしているしかないでしょ。
自分でできることなんて。

ところが、仕事なくなると、家族もいるのにヤベーぞと
いう警報音が心を休ませくれないようなのだ。

何かしなくちゃ、何とかしなくちゃ、

と、心の中のどこかの焦りや緊張感が抜けないらしいのだ。

自分はこんなに小心者なんだなあと良くわかる。

そんな日々。

日曜日, 10月 19, 2008

娘の英検5級


和解して一緒に寝るルークとチャコ

今朝目が覚めると、昨日より元気になっていて、
そうなると、またバイクに乗りたくなった。 (まだ泳ぐ元気はない)

時間が無いので、陣場山(和田峠)を一周した。

何回も走っているこの道だけど(前回は転んだけど)
いつまでも、バイクに乗ることを楽しめる心と身体で
いたいものだと走りならが、何回か思った。

もどってきてすぐ上の娘をつれて、英検5級の試験会場である
立川まででかけた。

何故か娘が受けたがったので、良いことなので、応援していたのである。

立川はいつも通勤で通過するのみなので、
娘がテストを受けている間に歩き回ってみた。

テストが終わると娘が上気したピンクの顔ででてきた。
お腹がすいたというので、サイゼリヤにいって、食べさせて、
そのまま本屋にいって、早速英検4級の本を買い込んで、
帰ってきた。

家では、娘2人と猫2匹と一緒に風呂に入った。

猫を洗って、浴槽にいれて、

それなりに、楽しい生活をしているのになあ。
また明日からがんばろ。

土曜日, 10月 18, 2008

勘違いに気がついた夜から今日の夜まで 人の心は万国共通らしい



昨晩そのあとオーストラリア人の彼と、韓国料理やで軽く飲んだ。

俺 「おまえは偉いよ、今でもこうやって日本語の勉強に集中できて。」

彼 「12月の試験にうかりたいんだ。」

俺 「それはそうと次の仕事はどうするの?」

彼 「今の仕事にエネルギーを精一杯使ったから、急にこうなって、バスにぶつかったような気持ちなんだ。だから仕事はしないでリラックスしていたいんだ。」

俺 「じゃあなんで日本語の勉強は頑張れるの?」

彼 「日本語の勉強は知的なゲームとして楽しめるんだ。」

彼だって、今回のことはそれだけショックだったのだった。
僕は勘違いしていた。

彼が最後に仕事ではヒドイ経験をしたけど、俺達の友情は続けようというので、
気恥ずかしかったのだけど、ただの友情じゃなくて、ビジネスパートナーとして
成功できるようにしようねといっておいた。

店の会計を彼は払うといってきかないので、おごってもらった。

こういう会話とビールとおいしい料理でちょっと気分良くなったので、
まえからきてくれと言われていたながら、言ってなかった店にちょっと
よってみた。

僕が久しぶりに来たのを喜んでくれて、その店もあまり金とらないのだった。
色々思いやりにあふれる言葉をかけてもらった。
実際はその店やっているママのほうがもっと大変なのに。

それは嬉しかったけど、泳ぐ元気も、バイクで走る元気も全然ない。

心身ともに、燃え尽き感が高い。実際体調悪いようだけど。

今日は、娘達が、私の実家に行くことになっていて、
僕がだるいからいきたくないとゴネていたけど、
何回も一緒に行こうと言われて、
重い腰を上げて一緒に2台の自転車を3人でつかって、
歩いたり走ったり、自転車乗ったりしんがら、実家までいった。

庭の柿をたくさんとって、たくさん食べた。

写真は歩いていく途中の橋の上から撮った。

頭はガーンとジーンと疲れて痺れていて、
体もやたらに重くてだるくて、
折角良い天気でも、どうしてもバイクで走る気になれず、
水泳に行く気にもどうしてもなれず、
これじゃあまた泳げなくなるとわかっていても
どうしても泳ぐ気になれないまま。

家で昼からやたらに寝てばかりいた。

なんでこんなに疲労感があるんだろう。

金曜日, 10月 17, 2008

オーストラリア人の彼から学ぶこと 彼と働く最後の日に

お互いの家族や恋人よりもこの2年半一緒に過ごしたオーストラリア人の彼と
一緒に働くのも、今日が実質上最後の日となる。

彼についても、オーストラリアの本社についても、そのビジネスセンスの無さに私は、
あまりに驚いてばかりで、説得することを結局、諦めてこの日を迎えた。

彼自身もこの会社に多額の投資をしていたから、その損失は大きい。

流石の彼もその金額をきかれると、顔を曇らせ、それはきかないでくれと
言いながらその金額を話してくれて、僕はかなり驚いた。

そんな大金なくしてしまったのか。

かなり金持ちの彼が自分の全財産の大半をつっこんで
いたのであった。(なんという潔さだろう。)

ところが、彼の凄いところは、たった今も僕の前で一生懸命、
日本語を勉強しているのだ。

スカイプを使って日本語の先生から日本語を教えてもらっている。

いつの間にやら、結構、日本語を話せるようになっているではないか。
(僕の前では余り使わないけど)

彼にとって今一番大切なことは12月の日本語能力検定試験に合格することであり、
2番目が次の仕事をみつけることらしい。

その、思いっきり前向きな態度は、この(暗い)僕すら前向きな気持ちにさせてくれるのであった。

来週から彼は世界中(シンガポール、イギリス、ロシア、アメリカ、等) を巡りながら次の仕事を
探して、その間もスカイプ経由で日本語の勉強は続けるそうだ。

今日で最後なので、彼と軽く食事でもして別れることにしている。

彼ほどの潔さを前向きさをもった人には僕はあったことがないような気がする。

ビジネスセンスよりも幸福に生きるためにはそっちのほうが大切なんだと彼から
教えてもらった。

いきなり日本語の勉強を突然中断して彼が

「まだ飲みにいかないで日本語の勉強続けもいいか?」

いうので、

「もちろん、今は日本語の勉強は一番大切なんだろう。」

と言ってやったら、嬉しそうに日本語の勉強にもどっていった。

自分の心との付き合い方、希望と落胆

昨日は、かなり調子悪かったので、早めに家に帰るはずが、
友人が遊びに来てくれたので、軽くビールをジョッキに2杯飲んだ。

それは良かったのだが、帰りの電車の中では立っているのもやっとで
吐きそうになってしまい。なんとか家にたどりつくと、
そのままベッドに朝まで横たわっていた。

すっかり疲れきっていて、頭もジーンとして泳ぐどころか、普通にしていることも難しかった。

主に単なる肉体的な疲れが原因だと思うけど、希望を見出せないままの現状に
精神的に参ってしまっていることも原因になっているような気がした。

人は何のために、

がっかりしたり、
落ち込んだり、
落胆したり、
鬱状態になったり、
自殺したり、
ノイローゼになったり

するんだろう。あるいは何のためでもないのだろうか?

何かやっても、どうせ無理だと思うと、何もしないほうがましだと、
心が反応してそうなってしまうのだろうか?

感情としては理解できるけど、落胆したまま何もしないで事態が好転するなんて
経験上も一度もなかった。

だから動くしかない。

でもそれは意思で無理にそうしようとしているので、
何もやりたくないという心を無視して動こうとするとどこかで続かなくなる。

やるべきことと、やりたいことと、心が喜ぶことと、やらなくてはいけないことと、
そんなもののバランスをとってなんとかやっていくしかないんじゃないかと思う。

どう考えても成功する可能性の少ないことに挑戦せざるをえないときは、
こんなこと俺にしかできないし、もしできたら最高に誇らしいとでも思って
やってやろうかと思う。

文章にまで自分の調子の悪さがでてきてますね。

木曜日, 10月 16, 2008

電話で英語の面接を受けてみた

ものすごく疲れた。

暑くもないのに、汗もびっしょりかいて、

もともと英語苦手なのに一生懸命なんとかしようとするから、
脳味噌が熱を持つような感じ。

でもインタビュアーは親切そうな人だった。

昨日からその会社の資料を無理矢理理解しようとして
それでも疲れて、今日は、グッタリしているので、
早めに家に帰って寝よう。

結局、僕は弱ったときは家族を頼りにしているなあ。

昨日今日と、とても泳げない。グッタリ。

水曜日, 10月 15, 2008

まず動き続けよう。止まっていて良いことにはぶつからない。


アルカディア昨晩またプール終わってから、夜中の1時過ぎにいったら、
客は僕だけだった。マスター大丈夫かなあ。
それにしても最近店内、照明、落としすぎて暗すぎて、
携帯のデジカメではこんな感じにしか写らなかった。
昨晩の水泳は、身体が重くてまともに泳げず、しょうがないので
プルとキックを休み休み少しずつだけやった。
少しでも今できることをやって少しでも前に進む。
転職活動も、
なんとか今の仕事を整理することも、
その他もろもろ、頭の痛いことはあるけど、
全部少しずつでも前に進めていく。
気負わず、諦めず、
やれることをやって今日を良い充実した日にすることだけに集中しよう。
そして明日のブログでは、どこまでやれたか書いてみよう。
怠け者の僕が今日を少しでも充実させるための手段として。
さあやろう。(こんなとき人は何かに祈りたくなるのかもね)

火曜日, 10月 14, 2008

煮詰まったときは環境をかえるか



会社の中にいても、煮詰まって前に進めないので、
喫茶店のルノーアールに行ってみた。

そして気分転換して、なんとか少しでも前に進もうとしている。

そんな雨の一日。

どうしてもやる気がでないことも多いのだけど、

諦めた方が気持ちがラクなのにと思うことすら実はよくあるのだけど、

何とかやっている。

そんなときはちょっとしたことでも、

環境をかえてみたり、

考え方の視点を広げてみたり、

スポーツしてみたり、(それはしょっちゅうしているか)

ともかく明日はわからなくても、
明日良いことが起きる可能性を少しでも
上げる行動を続けようとしている。

月曜日, 10月 13, 2008

高尾登山

上の娘の希望でまた(といっても10ヶ月ぶりだが)高尾山に登ってきた。





自宅から高尾駅まで30分くらい歩いて、
そこから高尾山口駅まで電車で行き、
さあ登山、またあまり休まずに一気に上ってしまった。
帰りは、高尾駅のほうに出てくる道をくだり、家まで
歩いて帰ってきた。
9時ごろ家をでて、3時ごろ家に帰って来るまで
昼飯に頂上で弁当食べている時間以外は歩き通し。
下の娘も最後まで歩き通せた。
上りも下りも、写真と違って、細くて急な坂道を歩いてみた。
高尾山の頂上から自宅まで、自分達の足だけで帰ってこれて、
娘達が元気に成長しているのがわかって何とも嬉しかった。

日曜日, 10月 12, 2008

散歩と温泉、





先週に繰り返し、娘達と多摩御陵散歩。

これは昭和天皇陵






散歩途中に見かけた、大きな扇を手にして太極拳のような

踊りを舞う人達





可愛い顔しているのに黒すぎて携帯のデジカメでは上手く

撮れないチャコ(猫)



午前中娘達と散歩、

午後夕方から、また娘達と

宮ヶ瀬ダムにいってそのあとまた青根癒しの湯へ



妻は調子悪くて家にいたけど、それでも掃除その他の家事を

てきぱきといつものようによくやっていた。

僕は虚脱感と脱力感があるけど、家族のおかげで

なんとかやっている。それがいつもよりよくわかる一日だった。

たつのりさんまず最初の種目で勝ったとメールが入っていた。良かった。

土曜日, 10月 11, 2008

黒い子猫がやってきた。 水泳早朝練習への途中参加 バイクジャケット



今日からもう一匹猫を飼うことになった。
メスの子猫で、とても可愛い顔しているけど、
全身真っ黒でよく見ないとわからない。

ルーク(猫)は新しいその子猫(チャコ)が気になってしょうがない。
近寄ると、警戒している唸り声「シーー シャー グルルル」で
一定以上近寄らせてもらえない。男女関係の主導権は女が握っているのがよくわかる。

今朝は久しぶりに朝6時からの水泳早朝練習に参加した。
疲れて、眠くてボーっとしていて、20分くらい遅れて参加した。

今朝の参加メンバーは自分をいれてたった3人で、
このために立派なコーチがきてくれている。
有難いスポーツクラブだ。

自分は途中参加なので、

300mほど自分で適当にクロールでアップしてから

200m プル 6本 3分15秒サークル 2分45秒前後で全部入れた。

50m 8本  スイム 1分サークル 41.7秒からラスト35秒まで、平均39秒程度

50m 6本 スイム 1分15秒  流してよいというので、思いっきりユックリおよいだ。

50m 8本 スイム 1分サークル 41.7秒からラスト35秒まで、平均39秒程度

200m 仰向けで脚方向進むスカリングとバタ足で往復して自分なりの適当なダウンをやった。

計2800m

とてもじゃないが1人ではこの強度の練習はできない。
一週間前のバイク転倒からかなり回復したが、この強度で泳ぐと
右肩と左の尻の奥の方がまだ痛んだ。

練習途中で意識薄れて、コースロープに親指突っ込んで爪を割ってしまった。
根性が足りないからこうなるだな。
もっと意思が強かったら、このくらいで意識薄れたりしないと思う。

こちらからコーチに2点だけ質問してみた。

「なぜ僕は泳力のわりに プルが速いのでしょう?」

「それはプルブイ使うことで姿勢が良くなっているからでしょう。
子供でもプルが速くてそれで自分は 本当は速いと勘違いして
しまう場合がありますが、実際スイムは速く泳げないのだから
そう考えるのはよくありません。」

「他に気がついたところありませんか?」

「手が内側に入りすぎてます。」

コーチも大人への指導ではこちらから質問しないと、
気がついても教えてくれないのであった。

そんなわけで僕の水泳は技術的に未熟な分
まだまだ伸びるところがたくさんあるのであった。

練習のあと、何故か早くからやっている本屋で立ち読みして、
図書館で、バイク雑誌(オートバイとモーターサイクリスト)を
端から端まで読んだ。

秋冬用のバイクジャケットの特集もよくよくみて、
自分が着れそうな4XLのサイズのあるジャケットみると
RSタイチとアルパインスターだけだった。

アルパインスターはイタリアのメーカーだけど自分の体型にあっているし、
よさそうだけど、何年も前から気になりながら買ってないのであった。

金曜日, 10月 10, 2008

お好み焼きごっつぃ、水泳、金融問題 娘の電話

昨晩はお好み焼きごっつぃの吉祥寺店で食べた。

http://www.gottsui.net/index.html


ごっついというけど、量は特に多くなく、

山芋とかがたくさんはいったおいしいお好み焼きだった。
かわいい女性の店員さんが2人いたのと、男性店員も妙に元気がよかった。

一緒に食べていたひととの話は弾んだ。


そのあと、またプールにきたけど、何故か昨日からの3日間は特定日と

いうやつで、10時で終わってしまう。着いたのが9時20分なので、

10時までに出ないといけないから、せめて25分連続で泳ごうと思ったけど、

13分くらいで続かなくなり、一休みいれて泳ぎはじめると150mで

燃え尽きた。あまりとばさなくてもあっさり限界になって、身体が動かなくなった。



燃え尽きるときの心臓から指先まで、カーッと熱くなって痛くなって、

動けなくなる感じも最近何度か経験してこんなものかとわかるようになった。
本当に体の中の酸素が動けなくなるほど足りなくなる感じ。
といっても体にそんなに危険な感じでもない。



ちょっと休むだけですぐ回復してくるけど、そこが自分の今の限界だと
よくわかる。(随分と低い限界だけど)



プールで監視している大学生の兄ちゃんと25mダッシュ最後にやったら、
タッチの差で勝てたけど、ほぼ一緒だった。45歳とはこんなものか?



さて昨晩から、今日にかけて、金融市場は凄いことになっている。


ここまでくると、アメリカやヨーロッパで銀行に対する取り付け騒ぎが
起きてもおかしくないようにも思うが、


目の前で起きていることは、まさに株式市場に対しての
取り付けさわぎのようなものなのかもしれない。

日本の株式市場も主に外人が売買の主体になっているそうだから、
外国の都合でどうとでもなってしまう。

しかもここまで、暴力的に下がる理由のひとつはおそらく、外人からしたら、
日本の株式市場はそれなりの金額を短期で換金しやすいからなのではないだろうか。

もう優良な会社のほうが、早いとこ換金、現金化しやすいというような感じなのではないだろうか。

一昨日の株式市場の下げが戦後3番目だとテレビでもいってたが、
1番の2番のときも翌日大幅に反発していたということだ。

今回は、戦後3番目の下げの翌日も下げて、

その翌日はまたその戦後3番目の下げと同じくらい下げている。

まさに歴史的な出来事をまのあたりにしていることになる。

さらに、今までのバブルの崩壊と違うようにみえるのは、
日本の株式市場は、別にバブルでなかったにもかかわらず、
暴落しているようにみえることだ。

昔のITバブルのときのように、株価が異常な割高の状態になっていたわけではない。

金融システムを維持するために、各国中央銀行は大量の資金供給を
続けているとマスコミで言っている。

そのキャッシュはどこにいったのだろう。

もし金融機関が抱え込んでいるのならば、
近い将来投資先を見つけて動き出さざるをえないのではないだろうか。

金融機関がキャッシュ抱えてそのままにしているのは、
借金していながら働かないようなものだろうから。

そして、そのおキャッシュのもっていき先は、
市場規模からすると再び株式市場しかないのではないだろうか。
商品市場は株式市場より桁違いに小さいということだし、

次に何が起きるのかわからないけど、
波乱が続くことだけはほぼ間違いなさそうな。

僕のオーストラリアの会社との仕事がなくなるのも 
オーストラリアの株価が先月大幅に下がって(今月はもっと下がっているわけだが)
会社が予定していた資金調達できなくなったのが、最後の直接的な引き金らしい。

確か1920年代の世界大恐慌では、株式市場は長いこと回復しなったらしい。

ただ今回がそれと同じになるとようにも見えない。

社会が激変するのなら、僕のように地位も名誉も金も人脈もない人間には
むしろチャンスなのだろうけど。次の一手をみつけられない。

昨日夕方に上の娘から電話をもらった。

「パパね、あのねECCの先生から褒められたんだよ。
パパに単語おしえてもらって、テスト結構できて、これなら英検5級もうかるって」

と本当に嬉しそうな声で話していた。

次の一手が見つからないままでも、頑張らなくちゃなあと思った。

木曜日, 10月 09, 2008

たつのりさん国体へ

何回か一緒に泳いだたつのりさんが、今日の羽田発2時の飛行機で大分で

開催されている国体に行く。

http://blogs.yahoo.co.jp/tatsunori37/25922884.html

昨晩は彼のレース前に最後に一緒にやれる一本だけのダッシュ練習ができた。

こんなに近所に、これだけ水泳好きな人がいるとは。

これだけ真剣に好きなものがあるというのは、素晴らしいことだ。

大人になって、物事を損得で考えざるを得ない機会が多くなっても、

結局は人は好きなことをどれだけやれたかが大切なのだと思う。

このブログで書いたかもしれないけど、21歳で4ヶ月近くも入院しているとき、

僕は同時期に入院している死期が近い人から話を聴く機会が何度かあった。

みんな自分が好きだったことの話をしてくれた。死ぬ前に思い出すのはそんなことだけらしい。

たつのりさんから僕はかなり力をもらっている。

好きなことを真剣にやっている人のオーラを感じるのか、一緒に泳ぐと、

(25mのダッシュのときだけだが)1人で泳ぐより明らかに気持ちよく泳げる。

80歳くらいまではたつのりさんとこの2人だけのレースを続けたい。

http://koenjihachioji.blogspot.com/2008/06/blog-post_20.html

http://koenjihachioji.blogspot.com/2008/06/blog-post_04.html

水曜日, 10月 08, 2008

世界経済に今起きていることと、これから起きるかもしれないこと

今日の日本の株式市場は一日でほぼ10%下げた。

トヨタですら既にPBRが0.9以下になっている。
配当も4%を超えている。
PERも6

普通に考えると、売る理由がない。

それでもこれだけ売られるというのは特殊な事情があるはずである。
僕が思いつくのは3点

1.海外の金融機関が今の業務を回していくためや、自己資本増強のために
ともかく手持ちのキャッシュを増やす必要がある。そのため損得抜きの売却が必要となっている。

2.この状況からくる狼狽売り。

3.信用取引している人の損失拡大による追証のための強制売買。

金融市場が安定すれば、逆にいきなり日本にバブルが来ることだって
(そんなことこんなとき書くのは僕くらいだろうけど)
考えられるんじゃないだろうか。

a. 金融機関の損害が、もっとも少ない先進国であること。

b.これから金融による収益が期待できなくなると、もともと製造業による収入の割合が多い日本への注目が相対的に高まる可能性があること。


インターネットが世界に広まって、世界中の人が同じような情報に触れる機会が多くなり、
ネットを通じた金融商品の瞬時の売買が一般の人にまで可能となった。

昔より同じ方向に多くの人が向かいやすくなったのだと思う。

それと別に、大枠で考えると、流石のアメリカでも、ここからもう一回
何かをネタにバブル経済を作り出すことは少なくとも今までよりも
難しくなったようにみえる。

世界中の不動産が下がっているんだそうだ(韓国はあまり下がってないらしいが)。

それを担保にした貸出しも難しくなるし、土地ま他はREITを資産に組み入れている
金融機関の自己資本はさらに低下していくことなるから、
そのためにもまだまだキャシュが必要になるようにみえる。

インド人のやっているカレー屋や中国人のやっている中華料理屋は
いくらでもみるけど、アメリカ人が自分でやっているレストランはみたことがない。
(ケンタッキーとかマクドナルドはバイトを使っているだけだ)

金や証券を転がして、そこからまた金を作るビジネスがで生きてこれたアメリカは
戦争でもやって、いきなり世界中の金(ゴールド)を奪い取ってドルを兌換紙幣に
でもするくらいのことでもしないと、自分国の経済的価値を維持できなくなる。

その先にどんな世界ができてくるのだろう。

戦争とかでの暴力的な波乱がない限り、額に汗して働く人が
多い国が強くなってくるそういうより自然で当たり前な
世界構造になっていくのではないだろうか。

アジアの時代になるのだと思う。

世界の経済の中心がその昔 ヨーロッパからアメリカにうつったように。

これじゃあジムロジャースのいっていることにインドを加えただけか。

それにそのなかで自分ができることもわからないし。

冷静になろう 大切なことを見直そう 水泳と暖かい言葉と景気の良い話



夕飯を高円寺の薔薇亭で食べた。
あと一年半くらいで店閉じる予定ということで、寂しくなるなあ。

雨の中、昔 毎晩のように通った稲生座に行ってみるが火曜は定休日だった。

何だか寂しいと しきりに高円寺1人暮らし時代に行ったところに
いきたくなる。自分でも理由はわからないけど。

そこから、西八王子にきて、プールに行った。
水泳以外の運動ならとてもできないくらい身体が重くて疲れていたのだけど、
水泳は本当に好きなので、なんとか少しはできた。

キック 10分
プル 10分
スイム 10分
全部ノロノロと。

最後にバタフライの25mを3本やってみた。

初めて気がついたことだけど、まだ右肩が痛いというのに、
バタフライは全体のリズムで身体を連動して動かしていくことで、
ほとんど身体のどこにも痛みを感じずに泳ぐことができた。

風邪とバイク転倒から少しだけど身体が回復してきたのがわかって嬉しかった。

プールからでて携帯見ると、留守電が入っている。
バイクで一緒に走ったフォルッツァに乗っている彼からだ。
聴いてみると僕になんと言ってよいかわからないけど
何とか励まそうとしてくれて、留守電に長いこと話を録音しておいてくれていた。

このブログを読んでくれている人からたまに、電話やメールで励ましてもらうことがある。

ありがたいことです。何故か今日になってから一段とそれを有難く感じた。

こういうことのできる人は、まず、自分の中に辛い経験とそれに
挫けないでやってきた経験があり、その上で、他人に優しい視点を持てるのだろう。

さて帰り道の途中にあるアルカディアにまた寄った。

照明を落として、カウンターは蝋燭だけの灯りでやっていたところを写真にとってみた。

僕は冴えないことが続いているけど、それで死ぬわけじゃない。

今できることを、今できるだけ、精一杯やれるよう、
自分の心も身体もうまくもっていくことが大切だ。

どうしても元気が出ないときでもヤケにならないようにしよう。

さて会社でオーストラリア人の彼と話していたら、
彼の中国人の彼女の立ち上げたビジネスが予想外の好調で
僕にちょっと手伝ってくれないかとのこと。

この不景気にそんな話があるのかと彼と笑った。

圧倒的に不利に思える状況でも明日のことはわからないのだ。

今の世界の経済状況だと、それこそ、これからどんな世の中になるかわからない。

変化を不安に感じるより、楽しむくらいのつもりがいいんだろうな。

火曜日, 10月 07, 2008

ドキドキ中年

最近色々な意味でドキドキすることが多い。

おそらく、仕事関係やらのピンチの連続でドキドキしすぎているうちに、

株の下落でもさらにドキドキしてしまい、(もう失ったものはしょうがないのにね)

さらにドキドキしやすい体質になったところで、

綺麗な女性と話したりすると感受性の鈍った自分でも
若い頃みたいほどではないけど少しはドキドキするようになってしまった。

(俺は変だ)

不安に駆られてドキドキするのも期待に駆られてドキドキするのももう
このさい似たようなものと割り切って(無理矢理だけど)
不規則なドキドキのままやっていこう。

明日のことなんて誰にもわからないと思うと、希望がちょっと湧いてくる。

実は自分もうつむいている

そんな私に、一緒に働いているオーストラリア人がこういった。

「健康で、食べられて、家族がいて、それでいいじゃないか、
それより悪い状態の人が世界にはいくらでもいるんだから」

良いこと言ってくれるなあ。

そういう彼も一時期ほどは元気がない。
元気な彼が週末ずっと部屋で静かに過ごしていたと言ってたくらいだから。

元気がでないときは、考えすぎないでそれをやり過ごせるようにするだけで
いいんじゃないかな。

昨晩プールに行くと、もう元気がなくて、力が出なくて、まともに泳げなかった。
バイク転倒のショックで、首の左側、右肩、右前腕、左大臀筋の左奥の方、等々、
あちこちまだ痛かった。

水泳は不思議なもので、陸にいたらわからない、体の細かい痛み、不自然な場所が
すぐわかるのであった。

250mほど、脚にプルブイはさんで左手だけで泳いでみた。
50mを50秒から60秒のペースでは泳げた。

そしていくらも泳がないで水から上がった。
水泳が気持ちよいと感じられるほども泳げなくなってしまっている。

金玉取られてうつむくルーク(猫)


ああとうとう金玉とられちゃったよ。切ないなあ。



金玉取られてこれからどうやって生きていこう。トホホ。

金玉取られたせいだか手術から日が浅いせいだか、
病院から帰ってきたルークは元気がなかった。

人間の都合でつらい思いをさせてしまった。
せめて早く元気になってほしい。

月曜日, 10月 06, 2008

猫(ルーク)の受難 投資家の受難

我家の猫のルークは昨日から近所の犬猫病院に入院している。

今日はもう帰っていると思うけど。

去勢手術をうけました。
私はほとんど面倒見ないからそれについて何も言わなかったけど可哀想になあ。

いきなりその病院に押しかけて、

「先生、ルークの玉とるなら、代わりに 俺の玉とって下さい。俺にはもう子供も2人いるし。」

なんてこと想像したりして。

最近イヤことされると、噛んだりしていたけど、
それも力を入れすぎないように
噛んでくる優しい猫なのに、
金玉取られちゃったんだね。

どうも実際は金玉取られると猫もショックが大きいから、
金玉残して、中を空っぽにするような手術らしいけど
ある意味、余計に怖ろしいがな。

ルークが家に来たときに、怖がって椅子の下に逃げ込んでいたことや、
夜寂しいらしくて、ずっと僕の足首の辺りでモゾモゾ毛づくろいしていたことや、
思い出すけど、

http://koenjihachioji.blogspot.com/2008/06/blog-post_9321.html
http://koenjihachioji.blogspot.com/2008/06/blog-post_22.html

本猫に何の罪はなくても、そうなってしまうのです。
ルークの子供は本当に見てみたかったけど、僕はあんまり面倒みれないし。

娘からきいたところでは、病院に入っただけで、怖がって身体を震わせていたんだそうだ。

さてまったく無理なつなげ方だけど、
投資をしている人も、何でこうなってしまうのかと言う状況にいる人多いと思う。

僕も他人事ではないのだが。

苦労して稼いだ金が無駄に泡のように消えていくって力抜けますね。

株式を評価する指標で言えば、今(というかしばらく前から)は
歴史的な割安水準にあるから、自分の好きな企業を応援する気持ちで
株買うなら、本来それはうまくいっても良いはずの側面もあるハズだけど、

現実は全く違う方向に動いている。

世界中の金融市場の状態が、経験のないほど混乱しているからなのだろうけど。

でもその混乱の前に儲けて逃げた人も、
この混乱の中で空売りで大儲けしている人もいる。(僕は実際にそういう人を知っている。)

でも、ほとんどの人は損しているらしい。

混乱が深まるほど、とりあえず、自分の国の通貨をもっておくほうが、
まだしも安全だろうという動きになるらしい。

金融システムの安定がもどったときには、また株価はもとの水準に
もどっていくのかもしれないけど、

アメリカの力は低下して
中国が強くなることは、

アメリカは世界最大の借金国で、
中国は最も外貨を貯めた国だということから、

かなり高い確率で予測できることなのだろう。

僕の最大の問題は、サブプライム問題がおきてから、
このブログにまで、日本のバブル崩壊と同様のことが
世界規模で起こるということなのだろうと書いておきながら、

http://koenjihachioji.blogspot.com/2007/11/blog-post_29.html

自分が予測していることと逆のことをしてしまったことだ。

自分がなんでこんなに馬鹿なのか自分でもわからない。

自分に自信を持てないばかりだからこういうことをしでかすのだろうけど、
どうやれば自信が持てるかもわからない。

ちょっとしたことでも成功経験をつくりたい。

日曜日, 10月 05, 2008

音楽の新しいダウンロード先、娘と多摩御陵散歩、わすれられないおくりもの













娘2人と近所の多摩御陵まで散歩した。
家からすぐ歩いてこういう景色のところを散歩できるのは嬉しい。
玉砂利の参道を歩く感触が膝の近くまで心地良く感じられた。
娘には飴玉もらったり、ティッシュペーパーだしてもらったり、
まだ下の8歳の娘にまで面倒みてもらった。
すっかり女の子っぽくなってきた。
昨日のバイクでの転倒で、尻、わき腹、首の奥の方の筋肉が痛い。
散歩自体は楽しくても、体がグッタリしてきた。
ところで、ひょんなことから、BAIDU(百度)の検索エンジンつかって、
アースアンドウィンドファイアのセプテンバー 
10ccのアイムノットインラブ (何回CMに使われたんだろう)
ビートルズのヘイジュード (昔の親友と、昔憧れていた女の子も好きな曲だった)
をダウンロードして聴いている。とても良くて、心が和む。
下の娘が、国語の音読を聞いてというので、
ちょっと面倒だなと思いながら聴いていると、
とても素敵な話だった。
という絵本として有名な作品が3年生の国語の教科書に収録されていた。
主人公のアナグマのように まわりの人にわすれられないおくりものを
できるようになれたら、いいなあと思った。
シンプルでわかりやすくて心に残って健全な死生観をこんなに
簡単な言葉でわかりやすく表現できるとはなんて素晴らしいことだろう。


バイク転倒 やっちまった


金曜の夜に軽く一緒に働いているオーストラリア人とインド料理やで

ビールと鶏肉のキーマカレーとタンドリーチキンを食べた。

仕事はこんな感じになってしまったけど、彼との関係は相変わらずだ。


それから、僕だけ会社にもどり(もう仕事してもしょうがないのにね)
結局会社をでるのが11時くらいになってしまう。

帰りにプールによって、30分ほどダラダラ泳いでみた。

今まで水泳はとてもよいストレス発散方法でもあったけど、
あんまり心身とも冴えないと、泳ぐこと自体を今一楽しめないのであった。


水の感覚だけは楽しめたけど、風邪引いて、しばらく泳がないだけで
こんなに泳げなくなるんだよねえ。やっぱり。また楽しく泳げるようにキラクに続けていこう。


コンビ二で北斗の拳立ち読みしたりして(何回読んでいるんだ俺)
自宅についたのは2時頃になっていた。

そういえば北斗の拳といえば、

「おまえはもう死んでいる」


が有名な台詞だが、21歳で内科に入院していたときに
この言葉を病院でちょっとはやらせてしまったのは僕だった。


癌の人とかもうそんなことわかっているのに、敢えて隠されて
いるのがイヤになっていて(当時はまだ告知しないことが多かった)

「おまえはもう死んでいる」

言われると逆に喜んでくれたりしていた(危ない話だけど)。


夜の1人の時間の中にいたくて、4時近くまで起きてしまった。


今日は折角の良い天気なのに睡眠不足で昼寝したりして、
ボヤボヤ過ごしてしまい、3時過ぎてからもったいなくてバイクで走り出した。
そんな時間なので陣場コース。
和田峠に上る細い道で前に、抜かせてくれないけど中途半端に速い自動車が前にいた。
後ろからくっついていけば、普通は道を譲ってくれるものだけど、その車は違った。
僕はいつもと違って不用意に車間距離が短いまま走り続けていた。
コーナーで対向車が急に現れたところで、前の車が急ブレーキを踏んだ。
僕は追突しないように急ブレーキをかけたところで、
前輪を滑らせあっさりと転倒してしまた。
ボンヤリとやっちまったなあと思いながら、
ヘルメットがアスファルトにぶつかる音とショックを感じていた。
前の自動車はその場から逃げ去るようにスピードを上げて去っていった。
右足首がバイクと道路の間に挟まって抜けなくてすぐに起きれないでいると
対向車の運転手がきて、バイクを起こすのを手伝ってくれた。
挟まった足首の擦り傷から血がにじんでいるだけで、
どこも怪我していないようだった。
自分の慣れ親しんだ安全そうな場所で気が緩み過ぎていた。
それと、ここのところの色々な出来事や不規則な生活で、
すっかり自分が変でうまくバイクに乗れてないのであった。
途中の饅頭屋でまたおばさんとはなして、帰ってきた。
運転していても身体が疲れていて、やっと走っている感じだった。
家にもどってくると、娘が野菜炒め作ってくれてそれを食べて、
もう眠くてしょうがないので寝た。
今頃になって、首の筋肉とかわき腹の辺りの筋肉とかが痛かったけど、
一眠りしたら、かなり良くなっていた(なんで水泳の筋肉痛よりこんなに早く回復するのだろう)
10時半頃におきだして、ECCの先生から上の娘が英検5級をうけるのに、
単語がまだあまり覚えられてないことを今日電話してもらっていたことを
思い出して、娘に話しても全然勉強する気配がない。
先生から、ゲームのように単語をお父さんから見てもらえませんかと
いわれていたので、夜中に、娘にいろいろと下らんギャグ行ったりしながら
英単語の勉強を一緒にやった。
一緒に遊んでやるかんじでやると、娘もそれなりに覚えられるようだった。
自分がここまで勉強しないままきたのに、子供に勉強しろといって
やるわけないので、たまにはこんなことするといいかもと思った。
娘は折角のバイオリンもやめてしまったけど、何とかもっと
楽しくやらせる方法なかったのかなあと、今頃思った。
そして今はもう、午前2時。生活が不規則になってきてしまった。
バイクの転倒ででつくづく思ったけど、今の僕は危なすぎる。
いつもの僕なら転んでいるハズがないことであんなに簡単に転ぶし、
脈は乱れたままだし、身体はだるいし、仕事も全く光明が見出せないし。
でも咳がとまってきて良かった。


金曜日, 10月 03, 2008

銀座から築地までの散歩





仕事で築地までいくのに少し時間があいたので、

銀座から築地まで歩いてみた。

写真はその中間にある東銀座の歌舞伎向けの建物(正式名称知らず)



8年前に勤めていた会社が築地にあったので、

この道は懐かしかった。



銀座から築地は地下鉄だと2駅分だけど、歩いてみると

大した距離でもないのであった。

途中で懐かしい寿司屋(太老樹)で昼飯を食べた。
マグロサイコロステーキ。汁物もお茶すらもおいしかった。

以前ユニクロとサイゼリヤが凄くコストパフォーマンスが良いことを書いたけど、

寿司もイタリヤ料理も服も、ちゃんとした職人さんが良い仕事している
場合とはやっぱりハッキリとわかる大きな差があるなあ。

木曜日, 10月 02, 2008

5日間泳げず

昨日は夜6時からの会議が11時過ぎまで続き、結局プールにいけなかった。
既に自分が解雇されることが決まっている会社の会議でこれだけ遅くなるもの空しいことだった。

それで酒を飲みたくなって、帰り道のアルカディアで赤ワインと
日本酒(これは開店祝いにもらったものだそうでサービスでだしてもらった)を
のみ若いバーテンと話をした。

自宅には2時くらいに着いたけど、すぐには眠れず、家族はグッスリ寝ているが、
ルーク(猫)がまた起きだして来た。

テレビをつけると、アメリカのCBSの番組で、無実の(両親殺しの)罪で
18歳くらいから18年間くらい刑務所で過ごした人の特集をやっていた。

全く酷い話で、これこそそのまんま

「私の青春を返せ」

という出来事だと思うのだが、本人が非常に普通にしていて
(感情が表にでないタイプなのかもしれないが)

今自由の身になった自分を素直に喜んで、過去のことをあまり
(少なくとも番組の中では)口にしないのだった。

彼は、両親が殺害されたときもあまりに冷静だと言うことで
犯人として疑われてしまったらしいが。

自分は今の自分を取り巻く状況が過去の自分のあり方の
せいだと思ってすっかり落ち込んでいる。

それでも過去は変えられるわけではないので、酒でも飲んで
寝るしかないし、いつだってこれからのことをやるしかない。

だからなんとか、心身ともに元気をもてるようにするしかない。
これがなかなか難しい。

馬鹿のくせして、考えすぎたり、後悔にとらわれて行動力鈍るところも、
僕の弱点だなあ。

今日は泳ごう。動き続けよう。身体重くても。脈もすっかり乱れてきて、咳も止まらない。
また身体こわしさないようにしないとなあ。

このままだと失業する日まであと74日と思っていたけど、
本社がいきなり倒産する可能性も高くなってきたので、来週から仕事ないかも。

まいったまいった。

でもまあ敗血症のときに比べれば死ぬ可能性はほとんどないからピンチとしては遥かに小さい。

水曜日, 10月 01, 2008

わけのわからない悪夢は現実と関係しているのか

どうしても泳ぐ気になれなくて、4日間連続で泳いでない。
これはかなり久しぶりのことだ。

朝起きる前に、わけのわからない夢にうなされていた。

何故か大きなバッグだかスーツケースだかをもって中央線の快速に乗っていた。

新宿で降りるはずが四谷で降りて慌てて新宿にもどるのに

何故か四谷にバッグを置き忘れていて、

そこは未来社会で、四谷から新宿まで地下街がつながっていて、

その長い長い地下街をその白い大きなバッグを探して今度は
歩いたり走ったりしながら探していた。なんとしても見つけなればと。

そして目がさめて、そんなバッグはないし、探さなくていいんだとわかって
フゥーーーとすると。

やりたいことがいつまでも見つからないからこんな夢をみるんだろうか。

風邪の後で咳がとまらなくて頭がジーンとしている。

外資系の会社はやり方乱暴だからその後始末にも少々参っている。

今日は無理にでもプールにいこう、僕の身体はすぐなまるから泳げなくなってしまう。

このままだと失業する日まで74日。

火曜日, 9月 30, 2008

筋肉痛のない目覚めと思いやりの足りない俺

今朝は久しぶりに身体のどこにも筋肉痛を感じずに目が覚めることができた。

しょっちゅう泳いでいると、目覚めはいつも筋肉痛があったけど、風邪で3日間
ゴロゴロしていて、それもなくなった。

話は変わるが、僕の元同僚で現在失業中の人で、今の僕にこんな
メールをくれる人がいる。

「**さんのような人を必要としているところは絶対にあると思います。
社会全体の状況が良かろうと悪かろうと。 」

僕はこんな言葉を先に彼に言うことができてなかった。
自分はおもいやりが足りないなあとため息がでた。

実際は、僕よりずっと思いやりなんかない人にばかり
仕事ではあってきたような気もしているのだけど。

僕は家族のこと考えなかったら、自分の仕事のことなんか
あまり 心配しなかったと思うのだけど、
逆に行き過ぎて自暴自棄みないな生活に なっていたかもしれない。

このままだと失業する日まであと75日。

月曜日, 9月 29, 2008

引きこもり生活 一応風邪で

風邪で調子わるいのと、人に会う予定もないので、
自宅から仕事をすることにして、今日も一歩も家から出なかった。
メールとチャットで仕事した。

もうきっと泳げないな。

風邪引いてから、やけに長時間眠ってしまう。眠れてしまう。

テレビみていて面白い番組ないから、BSでサントリーの
「セサミン」のCMばかりみてしまった。

そんなに身体によいなら医薬品として登録してみればいいのに、
と思いつつも、これだけこの商品のおかげで元気で感謝しています
というのを見せ続けられると俺も飲んだほうがいいかなと思うから
不思議なものだ。

しばらく前はコエンザイムがはやって、それ試しに飲んでみたら、
疲れないような気がして、飲み続けていたら脈が不規則になってきた。
コエンザイムのせいと確実にはいえないけど、タイミングが一緒だった。

精神的にさえなくなって、落ち込み気味になると、
ああ俺って報われない奴なのかなあと、余計に力が出なくなってきた。

自分に対する否定的な感情は、適当にいなしながらまともに受け止め
ないようにしよう。

転職活動も少しも前に進まず、こうやって解雇が決まっている仕事に
時間をとられてしまっている要領の悪い俺。

投げやりになりかけている、風邪の日をやり過ごして、
明日から頑張ろうかと思ったけど、それじゃあ甘すぎなので、
新しく転職サイトに登録してみた。

妻が近所の友人誘って、コストコいって、秋刀魚が6匹パック390円を買ってきたので
それを全部やいて、家族で食べきった。秋刀魚おいしくて、安くて、身体に良くて最高です。

このままだと失業する日まであと76日。

日曜日, 9月 28, 2008

家から一歩も出ない風邪の日曜日 テレビばかり

朝目が覚めると、鼻はムズムズ、頭は重く、すっかり風邪ひいていた。

それで家から全くでないで、家族のつくった食事を食べて、
テレビばかりみて、過ごした。

BSでユダヤ人の苦難の歴史みたいな番組をやっていた。

フランクフルトに行ったことがあって、そこでユダヤ博物館に
行ったことがあって、ユダヤ人ゲットーのこととかに興味がちょっとあり
そのことも番組でやっていたので、そこから見はじめた。

フランクフルトのユダヤ博物館は確かもとロスチャイルドの家だった
ものを改造して博物館にしたとかかいてあった。

ユダヤ人の苦難の歴史は気の毒なのだけど、
今現在、イスラエルで、これだけパレスチナ人から
恨まれることしてしまって、これからどうするのだろう。

国を持たない苦労を一番知っているハズの人たちが、
パレスチナ人を無理矢理追い出して、自分達と同じ苦労を
与えているのではないだろうか?

憎しみの拡大再生産。

なーんてこと考えるより自分の仕事をなんとかしないとなあ。

このままだと失業する日まであと77日。

脱力感しか出てこない焦燥感の中で

土曜日, 9月 27, 2008

母が来た日 風邪ひいたかも

起きたときから喉も鼻もカラカラに乾いたような感じで妙に痛かった。

うがいして良くなったけど、昼寝して目が覚めるとまたかなり痛い。

それで家の中でボンヤリしていた。

母がこないだピアノの調律やってもらった人が送ってくれた
京都の佃煮を持ってきて、
夕飯のキムチ鍋を一緒に食べて、 (妻と母が仲良くやってくれているのは助かる)
自転車で帰るところを、娘達と途中まで見送りに出かけた。(本日外出はこれだけ)

帰りに近所の自転車屋さんによって、スペシャライズドとジャイアントという
自転車メーカーの話をきいて、いよいよクロスバイク買いたくてしょうがなくなった。

でもあれだもうすぐ失業しそうなのにそんなもの買っている場合か?

とうい気持ちがあって冴えない。

このままだと失業する日まであと78日。

危機感が眠っているまま水泳とワイン


今の自分の状態だと、狂ったようにダメもとでも転職活動をやるか、
何が何でもビジネス立ち上げるべく動くべきなのだけど、眠い。

2年前からなんか自分が変わった。

それまでのカリカリ感がかなり減ってしまった。
困ったことになりそうだなあ。

一緒に働いているオーストラリア人の彼もピンチのはずだけど、
まず12月の日本語の検定試験にむけて日本語の勉強に集中したいのだそうだ。

それと、ともかく東京にまだ住み続けたいんだそうだ。
シドニーと全然違って面白いと彼は言っていた。

夜にまたプールに行って、ダラダラといい加減に泳いだ。

20分 キック
10分 プル
16分 クロール (1000m)

1人で泳ぐときはいつも距離を測らずただ適当に泳いでいるだけなのだけど
1000m 25mプールで20往復を数えながら泳いでみた。
そうすると自然とペースが上がってきた。数えるだけで。
苦しいほどペースが上がってしまう。

そのあとアルカディアにいき赤のグラスワインを飲み
店員と少し話をして帰ってきた。

水泳の後はともかく気持ちよく、気分良い。

朝まで生テレビを朝まで見てしまい。朝刊を読んで寝た。

失業まであと79日間
翌朝、またルークと遊んだ。
写真はアルミサッシと障子の間に逃げ込んだところ。

金曜日, 9月 26, 2008

あと80日間

昨晩、水泳練習会に参加、片手のみのプルでのクロールや平泳ぎを延々やって
妙な感じ。

一番妙に感じるのは、僕の左半身と右半身はとても違うと実感するからだと思う。

右腕と右手の方が力強いけど、技術的には左腕と左手のほうが上手い。上手い分
力が余計に追いつかない。

脚も右のほうがずっと強い。左脚は元々弱かったのだと思うけど、膝を怪我してから
無意識にかばってしまっているらしい。また膝も怪我するまえのようには動いていない。

さて仕事もそこそここなして、転職活動ももういくつかのエージェントと連絡とっているけど、
まるっきり手ごたえがない。

45歳、

8回もの転職歴、

中途半端な社長経験、

かなりまずい世の中の経済状況、

自分自身同じようなことの繰り返しにすっかり飽きてしまっていること、

次にやるできればワクワクすることをまるで見出せないまま時間だけが過ぎる。

はっきりわかっているのはあと80日間でこのままじゃ無職になるということだけなんだ。

木曜日, 9月 25, 2008

45歳になって

今日で45歳だ。

朝はもう仕事も心配で5時に目が覚めて、(昨日も)

目覚ましなくても早く目が覚めている。
妻も娘達もいつも良く寝ている。

ルーク(猫)だけが起きだした僕をみている。

テレビや新聞見ててもしょうがないので、会社に早くでてきた。

携帯見ると妻と娘から誕生日おめでとうとメールがきていた。

80歳まで生きるとするなら、45歳を
100m自由型の長水路のレースに置き換えれば
ターンして浮き上がって泳ぎ始めるあたりかな、

なーーんてことを考えていたこともあるけど、

実際にこの歳になっておもうのは、人生なんて半分過ぎようが、
若さを失おうが、いつだって、今とこれからしかないのです。

どんなに幸せで充実した過去があってもそれが
今を幸せに してくれるものではないと思うのです。

逆にあんまり良い過去なんかあると、
今が惨めに思えて苦しくなってりする人もいるんじゃないでしょうか。

僕は45歳になっても徒手空拳で今日を生きていくだけなのです。

そんなとき僕が連想するのは、

薄着で少し涼しくなった空気の中をバイクで走っているときのような、
自分の体を風にさらして、風の温度次第ですぐに身体が冷えたりするけど、
自由で身軽でちょっと心細いけど気持ち良いような感じや

9月なのにまだ暖かい海岸の陽だまりで、泳いだ身体を横たえて、
ギリギリで寒くないけど、すぐどうなるかわからない、でも自分の身体
1つで、好き勝手に海を泳いで気持ち良かったときとか、

そんな感覚です。

水曜日, 9月 24, 2008

一日に3回慶応病院にいき仕事を合間にこなした日

朝9時半から高名ときいている弁護士や公認会計士とも会議の予定があるのに、
慶応病院の予約も今日の午前中に入っていた。

それで、朝の6時には家をでて、慶応病院にいって、待っていたけど、
間に合わず、病院から弁護士事務所にいった。

会議では、これからどうするかを話したけど、
最後に今やらなければいけないことを
僕がまず書き出すことになり、
公認会計士に

「**さん(俺)真面目だからね」 (頼みますよーと言う感じ)

と言われ、何とも嫌な気分になった。
解雇通知もらっていても、自分の責任感で
それをやるつもりだけど、
真面目であることを利用されているような
気分になったから。

そこから慌てて、慶応病院にもどり
まず血液検査をうけて、その結果がでるまでに早い昼飯をとり、
漸く診察うけると

「手術しましょうか?」

と言われそれが比較的簡単な手術だと知っているけど、
前回の手術後死にそうになって恐怖感がある話をすると
じゃあ薬を続けましょうということになった。

簡単といっても、カテーテルといっても、心臓は心臓だしなあ。
どうすっかなあ。もう面倒だから薬もやめて、勝手に様子みたい
ような気になった。

自分の体も変なもので、三浦の遠泳大会のあと、脈がとても安定
していたのに、最近またこのバタバタのせいか脈が不安定になっている。

それから、会社にもどり、そこからまた他の用事で出かけて、
そのまままた慶応病院によって、薬を受け取る。
(これ出るまで一時間くらいかかるので、待っている時間なかったから)

血液検査の結果は、明日で45歳のなる男としては、
ほとんどが正常値でとても良いものだった。

健康に気をつけて、事故にあわなければ、僕は人並みに
生きていられると思っている。

火曜日, 9月 23, 2008

幸せな彼岸

月曜だけど翌日は祝日なので、妙にだるかったのだけど、
帰り道にまたプールに寄った。

ちょっと泳いでも身体が重すぎですぐ帰ろうかと思ったのだけど、
速い女性スイマーが熱心に練習しているので、
少し話をしているうちに、少しは練習する気になる。

バタ足をゆっくり連続することで身体を暖めて、
ロングは泳げないので、
25mのバタフライを何度かやって、
50mのバタフライを何度かやって、

帰り道、次女から携帯に電話が入り、何時に帰ってくるのかきかれる。

朝からの続きだけど、長女は英検の勉強をしていてそれを僕に見せたくて、
次女は紙で作ったボールを遠くに飛ばす自分で作ったおもちゃを僕に見せたがっていた。

娘達の素直さと僕にしきりに話かけたがるところがとても嬉しかった。

翌朝、バイクでまた奥多摩、都民の森で駐車場で休む。
国産4メーカー、ドカティー、BMW、ハーレー、KTMと
バイクの品評会のようだった。

マウンテンバイクで来ている3人組と話をした。
(最近ともかく自転車が気になってしょうがない)
50万円もするとのこと。(自転車が)

奥多摩周遊を超えて、小菅村の原始村の蕎麦屋にはじめて寄ってみた。

民家のような家の畳の上で、とてもおいしい蕎麦を食べた。
若いカップルもきていたが、帰り際、僕のバイクの横に
古いヤマハのぼろいバイクがあり、あのおしゃれなカップルは
これで来たのかと思うと感心してしまった。

バイクはボロくても走ればそれでまずあちこちいってみるのが大切だし、
どんなカッコ良いバイクで走っているより、美人の彼女とボロいバイクで
タンデムで走っているほうが、楽しそうだったから。

家に戻ってから、家族と墓参りにいった。
父の墓を娘達が掃除している姿が嬉しかった。

そのあと、前から気になっていながら一度も行ってなかった

「奈央屋」

にそのまま家族4人でいってきた。
おいしいだけでなくて、キチンとちゃんとした素材で作っていそうで、
その上安く、かつ店の中に、高円寺にときどきあるお店のような
雰囲気があって、また何度も行きたくなる店だった。

妻は用事があるので先にに自動車で帰って、
自分は娘達と手をつないで、色々な話を
しながら散歩して、帰ってきた。

そんなことがしみじみと幸せに感じられた。

月曜日, 9月 22, 2008

娘を叱って自分が空しくなったこと

長女は何やっても結構器用なくせして、
何一つそれなりに努力したといえるほどのところを見たことがない。

残念なことです。

水泳も、プールであった、娘に指導している女性コーチと
ちょっと話したら真っ先に

「泳ぎもすぐ器用に覚えますね。」

といってもらったけど、決してそんなに練習しようとはしない。

折角、ずっと続けていたバイオリンもやめてしまった。

英検受けるというから、それ向けの本を買ってきたのだけど、
ほとんどやらずに遊んでばかりいる。

それでしかったけど、

「そんなことじゃ、将来パパみたいに困ったことになるよ。」

と自分で言って、結構空しくなってしまった。

日曜日, 9月 21, 2008

家から出なかった雨の一日


たくさん昼寝をした。


雨の日は良く眠れる。


自分の知っている人がまとめて登場する不思議な夢をみていた。


自宅の各部屋に何故か僕の知っている人がここは俺の

仕事部屋だと言って仕事をしていて、僕は入れないという、

妙な夢だった。


あんまり広い家でもないし、そんなことあるわけもないのに。


普段疲れたまっているのに、無理してたんだなあと

こんなに良く眠ってよくわかった。


またルーク(猫)とちょっと遊んだ。片手で持ち上げたりして。

パコと魔法の絵本を娘とみてきた

昭島MOVIXという映画館で

パコと魔法の絵本

を娘2人とみてきた。妻は家で掃除と洗濯してるといってこなかった。

泣いて笑えて、コミカルなのに、考えさせられるところもある映画だった。
自分は役所浩司のクソジジイの役に一番感情移入していた。

帰って来て、すぐプールに向かって、練習会に参加した。
練習は今の僕には丁度よいくらいの強度だった。
自分の水泳の進歩を実感できた。
インターバルでかなりユックリ泳いだつもりの
ときも50m40秒は超えることがなかった。

なんてことやりながらも、あと86日間で何とかしないと
仕事なくなるんだなと、何回も頭をよぎっていた。

金曜日, 9月 19, 2008

ピンチをチャンスにしたいが。

自分が勤めているオーストラリアの会社の中国法人も、韓国法人も
既に閉じていて、日本は何とかしようと頑張っていたものの、

かなりの危機感を感じ続けていた。

それを振り払うように泳いでいた面もある。

今回とうとう、本社もビジネス終わらせるということになった。

僕もいい加減に諦めるしかないことはかなりまえから予測できていたことだった。

それでも、こうやって、あと3ヶ月間で給料払われなくなるとハッキリ決まって
その通知がきてみると、意識はかなり変わるものである。

僕にその通知がいつまでも届かないので こちらから頼んで送ってもらった。
なんて間抜けなことだろう。

街の風景を眺めていると、レストランなんて、ドンドン入れ替わっている。

できてはつぶれて。できてはつぶれて。
つぶれたところに新しいのができてまたつぶれて。

小さな会社も、ときには大きな会社だって、倒産したり、
そこまで行かなくても社員はドンドン入れ替わっていることが多い。

みんなどんな気持ちだろう。

今の僕は、かなり冷静にやっているのだけど、
いつも危機感が頭の片隅からは消えることがない。

だから頭のある部分の疲れがどうしても抜けない。

そういうときは酒でも飲むのがよいのかもしれない。

ピンチはチャンスを手にするよい機会とできることも多いから、
そのようにもっていける可能性をあげることをただただ、やっていこうとしている。

でも大きな袋小路に入ってしまっているとしたら、(その可能性も高いが)
なにか思い切ったことをしないとそれを突き破れないということもある。

すでに終息がきまったビジネスも、自分の責任感でまだやっている。

エンディング グー グー グー 

(冴えねえなあ)

木曜日, 9月 18, 2008

そうだよなあと思ったブログ

自分も同じようなことを、しばらく前から思っていたことが、
以下のブログに書いてあった。

http://blog.goo.ne.jp/miemie-ido/e/59a1c7f6672c0e9753be1a8054efd74d

このブログで趣味のことを書いているけど、仕事があるから趣味がたのしめるのである。

今や平均寿命と定年退職の年齢の開きは約20年にもなってきている。

本来は好きなことを仕事にして、それができるうちはできるだけ続けるのが
良いのだと思われる。

でも目先のことを考えるとそのためのアイデアもなくて、
ともかくまたなんとかその場しのぎでもできないかとしてしまう。

覚悟が足りないのかもしれない。

火曜日, 9月 16, 2008

失業カウントダウン

勤めているオーストラリアの会社がビジネス閉じることを
決断なさったそうで、英文の解雇通知を今日もらった。

僕だけ解雇通知がこないので、ひょっとしてまだやってくれという
可能性もあるのかいなともちょっとだけ思っていたのだが。

猶予期間は、きょうから3ヶ月間な俺、
来週には45歳になる俺、
扶養家族が3人いる俺、
今は不景気(サブプライム問題とかで)で多くの会社(特に外資系企業)は
採用を凍結しているときいている。

かなりやばいのである。

やれることをなるべく自由に発想してみつけていって、
それぞれやれるだけ手をうってみる。

今までのように、ここで何がなんでもという無茶して
体調崩したくはないので、できることを淡々とやっていこうと思う。

今の僕にできることで、大切なことは、希望をもって前に進んでゆく
姿勢を保つことくらいか?

いままで色々なピンチを経験してきて、このことくらいでは
そんなに動じなくなっているのだけど、
これだけピンチでもボンヤリしているのも良いことではない。

僕の12月半以降の仕事は全くわからなくなった。

ああ

リーマンブラザーズの破綻と俺の生活

リーマンブラザーズの破綻なんてことが、意外に一般的な生活を送る多くの
人に影響を与えてしまうのであろうと思われる。胸の痛い話だ。

お金があるとは、

紙幣をたくさん持っていることか?
銀行口座の残高が高いことか?
株式をたくさんもっていることか?
金(ゴールド)をたくさんもっていることか?
商品をたくさんもっていることか?

それぞれあるだろうけど、金融や資本主義のシステム自体が
第二次世界大戦後最大の混乱をきたしているそうだ。

僕にとっては、

1.自分のささやかな資産(将来、生活に必要になるであろう)がさらに減少すること。

2.多くの企業が採用を凍結することで、例えば自分の新しい仕事を探すのが、
非常に難しくなるであろうこと。

3.多くの企業が予算を減額することで、普通の商売やろうとしても売上たてるのが
困難になるであろうこと。

等まともに考えると、憂鬱になってしまうのである。

憂鬱になっていても良いことはないので、やれることをみつけてそれを
やっていくしかないのである。

ひょっとするとだけど、さらに金融機関の破綻がもっとドンドン起きて
さらに無茶苦茶になってきて、

貯金なんかいきなりパーになったりとか繰り返されるようになったら、

多くの人がもう金なんか貯めたってしょうがない、
使わないと無駄になるかもしれなくて、
もったいないから、使っちまえとかいうことになって、
それでいきなり景気回復

なんてなったりしてね。 

”やけくそ好景気” とかいったりして。

遊びのためにサラ金から金借りるのも馬鹿げたことなら、

死ぬまで使うあてのない金を貯め続けることも馬鹿げたことで、

実は後者のほうが、金融システムに過剰流動性というものを
作り出してしまうということでは余計に危ないことなのかもしれない。

自分の書いていることが正しいかもわからないのだけど。